江戸時代の農民は“無学で貧しい”は誤解!世界を驚かせた当時の農民たちの教育と技術力 (3/5ページ)
それは農村に、高品質な生糸を大量生産できる技術基盤がすでに完成していたからです。
各藩は養蚕を奨励し、江戸後期には暖房を用いて蚕の成長を早める高度な技術まで開発されました。さらに驚くべきことに、養蚕に関する技術書は百冊以上も出版されていたのです。
その中には千部以上刷られたベストセラーもあり、当時の出版事情を考えれば驚異的な普及率です。
例えば元禄十五年に出版された『蚕飼養法記』などは、現代でいう体系的なマニュアルとして機能していました。
農民たちがこれらの本を読み、内容を理解して実践したからこそ、これほどの需要が生まれたと言えるでしょう。
文字が読める農民は、自らの経験を「知」として蓄積する能力を持っていました。この知の集積こそが、日本の生糸を世界一の座へと押し上げた真の原動力だったのです。
世界でも認められた技術江戸時代の養蚕技術は国内にとどまらず、海を越えて西洋諸国にも衝撃を与えました。
代表的な技術書である『養蚕秘録』は、医師シーボルトの手によって海外へと持ち出されています。
そして一八四八年にはフランス語に翻訳されて出版されており、当時の国際社会が日本の技術を認めていた証拠です。日本の農村で磨かれた知識は、世界の産業界に影響を与えるほどの水準に達していました。