『豊臣兄弟!』あの足利義昭 側近は誰?義昭と信長に仕え架け橋となった武将・和田惟政の壮絶な生涯
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第10回「信長上洛」で、足利義昭(尾上右近)の側近としてちらりと登場した和田惟政(玉置孝匡)。出番は短かったものの、実はこの人物、義昭を支えた重要な幕臣の一人でした。
義昭の危機を救い、信長との橋渡し役まで担った和田惟政。その生涯を知ると、『豊臣兄弟!』の義昭周辺がぐっと面白く見えてきます。
今回は、そんな和田惟政がどんな人物だったのか、その波乱の生涯をたどってみましょう。
謹慎のお陰?で命拾い
和田惟政は享禄3年(1530年)ごろ、和田宗立(そうりゅう/むねたつ)または和田惟助(これすけ)の子として誕生しました。弟たちには和田定利(さだとし)・和田定教(さだのり)らがいます。
天文18年(1549年)に父が討死したため家督を継ぎ、天文22年(1553年)ごろ、室町将軍・足利義輝(第13代)に仕えました。
しかし永禄8年(1565年)ごろ、惟政は義輝の不興を買ってしまい、謹慎を命じられます。
仕方なく謹慎していたところ、同年5月19日に義輝が三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・石成友通)や松永久秀の襲撃を受けました。
果たして義輝は壮絶な最期を遂げますが、惟政は謹慎していたために命拾いします。人生万事塞翁が馬、何がどう転ぶかわかりませんね。
決死の覚悟で義昭を救出
義輝の暗殺を知った惟政は、同じく幕臣である細川藤孝らと共に、奈良の興福寺へ走りました。
そして出家していた義輝の弟・覚慶(かくぎょう/かくけい。後の義昭)を軟禁状態から救出。近江国甲賀(滋賀県甲賀市)または矢嶋(同県守山市)で保護したと言います。
将軍の弟である覚慶こそが、室町殿の後継者に相応しいでしょう。そこで惟政は南近江の六角義賢(ろっかく よしかた)に会い、義昭を奉じて上洛するよう説得しました。
一時は六角を味方につけ、浅井長政や斎藤竜興・織田信長らを引き込もうとします。
しかし六角や斎藤らが離反したことから近江国にいられなくなり、義昭は妹婿である武田義統(よしむね)を頼りに若狭国へ逃亡。もちろん惟政も従いました。
上洛そして「都の副王」に
永く不遇をかこっていた義昭主従は、11年(1568年)9月、信長の庇護を受けて上洛します。
三好三人衆を蹴散らして同年10月には京都へ入り、義昭は第15代将軍となったのです。苦節3年、ようやく思いが実った瞬間でした。
惟政は摂津国芥川城主となり、池田勝正や伊丹親興(いたみ ちかおき)と共に摂津三守護と呼ばれるほどの勢力を築きます。
翌永禄12年(1569年)には芥川城を家臣の高山飛騨守(高山右近の父)に預け、自身は高槻城に移転しました。
このころ来日した宣教師からは「都の副王」と呼ばれており、実質的に室町幕府の副将軍的な存在となっていたようです。
義昭と信長の架け橋に
信長にも仕えた惟政。義昭のためとは言え、その胸中は複雑だったのかも(イメージ)
それからも惟政は、幕臣でありながら織田家臣として外交・軍事・政治と多方面で活躍しました。義昭と信長を結ぶ橋渡し役を担っていたようです。
そんな中、惟政はいきなり信長から謹慎を命じられてしまいました。
まったく身に覚えが……ない訳ではありません。惟政自身の落ち度ではないけれど、義昭と信長の関係が徐々に険悪なものとなっており、そのとばっちりを受けたのでしょう。
他にも引見の不許可や2万クルザード(2万石?2万貫?)の減封……一説には惟政の活躍を妬んだ僧侶の朝山日乗(ちょうざん にちじょう)が讒言したとも言われます。
惟政はこの仕打ちに抗議、出家剃髪して身の潔白を示しました。これより宗意(そうい)と号し、官職の紀伊守と合わせて紀伊入道などと呼ばれます。
その甲斐あってか、信長は元亀元年(1570年)に惟政を赦して名誉を回復。3万クルザードを加増しました。
惟政はこれに奉公の意欲を取り戻したのか、同年の姉川合戦では大いに奮闘したようです。
戦場にて壮絶な最期
その後も六角義賢(六角承禎)との和睦や三好三人衆との抗争を繰り広げるなど、惟政は文武にわたり活躍しました。
しかし元亀2年(1571年)8月28日、池田知正との戦闘(郡山合戦、白井河原の戦い)で討死してしまいます。
その遺体には多くの銃創や槍刀疵が刻まれ、首級を獲られる最期の瞬間まで闘い抜きました。
惟政は自領内の切支丹を手厚く保護したことで知られており、ルイス・フロイスをはじめ宣教師たちは、その死を大いに嘆いたと言います。ちなみに惟政自身は洗礼を受けておらず、禅宗の檀家でした。
惟政の死後、家督は嫡男の和田惟長(これなが)が継いだものの、元亀4年(1573年)に高山飛騨守・右近父子の謀略で追放されてしまったそうです。
惟政の墓は永らく不明でしたが、江戸時代中期の享保元年(1716年)ごろ高槻城内で発見され、伊勢寺(大阪府高槻市)に祀られています。
終わりに
玉置孝匡演じる和田惟政。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
今回は室町幕臣と織田家臣をかけ持ち?した和田惟政の生涯をたどってきました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、足利義昭の近臣として明智光秀(要潤)一人が存在感を放っている印象を受けます。
しかし惟政や藤孝らの忠義についてもフォーカスして欲しいところですね。
果たして今後どのような活躍が描かれるのか、注目していきましょう!
※参考文献:
奥野高広『足利義昭』吉川弘文館、1990年1月 久野雅司『足利義昭と織田信長 傀儡政権の虚像』戒光祥出版、2017年11月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan