『豊臣兄弟!』徳川家康(松下洸平)が「あやつらが恐ろしい」と漏らした“得体の知れない者”の正体とは?
『豊臣兄弟!』第14回「絶体絶命」では、金ケ崎城からの撤退戦に成功し、京都へ戻った羽柴小一郎(演:仲野太賀)が、二条御所に滞在する徳川家康(演:松下洸平)に、兄・秀吉(演:池松壮亮)がもらった薬の礼を述べます。
小一郎が下がった後、家康はふとこう漏らします。
「わしは、得体の知れない、あやつらが恐ろしい」
今回は、家康をして「恐ろしい」と言わしめた、「得体の知れない者」の正体に迫ります。
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家康から得体の知れない者たちと称された豊臣兄弟。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
家康が恐れた「得体の知れないもの」越前一乗谷まであと50キロに迫った織田信長(演:小栗旬)は、金ケ崎城の陣中で、浅井長政(演:中島歩)の裏切りを知ります。
朝倉・浅井に挟撃されるという危機に陥り、動揺する信長を自らの足に刃を突き立てることで鎮め、さらに織田軍の撤退を助けるために殿(しんがり)を引き受ける秀吉。
信長の命により、京都への撤退が決まった織田諸将は、我先に金ケ崎城を出ていきます。その時、徳川家康が秀吉に当家伝来と称した傷薬(実は単なるかゆみ止め)を渡し、労をねぎらいます。
殿を志願した秀吉に薬をわたす家康。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
そして、殿の役目をみごとに果たし、命からがら京都へ帰還した秀吉軍ですが、秀吉は信長の撤退戦の報告に行ったところで人事不省に陥ってしまいました。その秀吉にかわり、家康のもとに出向いた小一郎は、「この薬のおかげで、命拾いをいたしました」と、心から礼を述べるのです。
小一郎が退出すると、石川数正(演:迫田孝也)が「本当に生きて戻ってくるとは、いまだに信じられませぬ」と家康に話しかけます。
これに対し家康は「人間は得体の知れぬものを怖いと思うそうじゃ。わしはあやつらが恐ろしい」と答えました。
徳川家康と石川数正。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
金ケ崎城から撤退する際、数正に「こんなところにいては、命がいくつあっても足りない」と語る家康。その気持ちは、家康だけでなく、信長はもちろん織田諸将全員の本心であったでしょう。
それほど、金ケ崎の退き口は、武勇や忠義といったものだけでは到底成し遂げられない、あまりにも困難な任務でした。それを秀吉軍は見事に成功させたのです。
家康はそんな秀吉たちを「得体のしれぬもの」と称し、そして「彼らは恐ろしい」と語ったのです。
「世上をする人」とは何者なのか金ケ崎の退き口に参加した武将は、羽柴秀吉・秀長兄弟、その与力として、蜂須賀小六正勝(演:高橋努)・前野将右衛門長康(演:渋谷謙)、竹中半兵衛(演:菅田将暉)。そして、幕府軍として参加した明智光秀(演:要潤)と幕府に近い立場にあった摂津守護・池田勝正です。
このうち、家康が「得体の知れない、あやつら」と名指ししたのは、秀吉・秀長・正勝・長康・光秀でした。
豊臣兄弟や川並衆などの「世上をする人」。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
彼らの共通点は、当時の言葉で言う「世上をする人」に属するということです。
では、この「世上をする人」とはどのような人々を指すのでしょうか。簡単に箇条書きにしてみましょう。
①土地に縛られることなく生きている(生きてきた)人。
②主君に縛られることなく生きている(生きてきた)人。
③身分に縛られることなく生きている(生きてきた)人。
④一つの場所に留まらず、各地を渡り歩く(歩いてきた)人。
⑤武士ではあるものの、元々は在地武士ではない人。
つまり、「世上をする人」とは在地である「イエ」とか「ムラ」などの小世界から、はみ出してしまった人たちのことを指しました。
彼らはみな、どこからかの時点で生まれ故郷の「ムラ」「イエ」から離れ、広い世界に身を投じています。このような人々は、小世界を飛び出し、広い世界に出ることで、自然とネットワークを持つようになり、そこからさまざまな情報を得るようになりました。
しかし彼らは家康のような在地を基盤とした武士から見れば、素性のはっきりしない「怪しい人」で、秩序から逸脱した、「得体の知れない人々」でもあったのです。
このような人々は、武士だとしても決まった主君をもたずに各地を放浪する雇われ武士。また、ものを売りさばくために広い範囲を股にかける商人たち。あるいは、諸国を巡る旅芸人たちなどでした。そして彼らの中からは、このような活動により「外交」や「諜報」に長けた人々が生まれてくるのです。
秀吉・光秀・川並衆に共通する経験とは秀吉は、少年期から生まれた村を飛び出して放浪します。信長に仕えるまでの前半生は謎に包まれていますが、遠江の小領主・松下家に仕官した後は、針を商う商人として、尾張・美濃・近江などをめぐっていたとの説もあり、その地域の地理・流通・人間関係に精通していたともされます。
光秀についても前半生はよく分かっていません。一応、美濃の小領主の出身とすると、斎藤道三の死後、没落して各地を浪々し、越前に落ち着きます。つまり、彼も越前・美濃・近江にまたがる広い地域で活動していました。
正勝や長康らの川並衆は、木曽川・長良川流域の水運を統括する武士でありながら商人的なスタンスを持つ人々です。ですから、彼らは、広い地域の地理を把握しており、街道から外れた間道や土豪ネットワークを熟知した越境集団ともいえるのでした。
この「世上をする人」とは対照的に、家康は典型的な「在地領主型武士」です。幼いころから実家が衰退し、織田・今川の人質だったとはいっても、松平家は三河という土地とその家臣団に根差す、在地結合型の大名であったのです。
家康にとっては、土地にも主従関係にも縛られない者たちは、理解不能であり、「得体が知れない、恐ろしい」と捉えたのは極めて自然な感情でした。
金ケ崎城からの撤退戦は、撤退に必要なルートを熟知していること、その沿道の土豪などへの勢力に対して根回しや懐柔があってこそ、無事に帰還できたことは間違いないでしょう。
だからこそ、この撤退戦の成功は「世上をする人」たちが揃っていたからこそ可能になったと言えるのです。
家康に礼を述べる小一郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
そして、「世上をする人」を活用し、戦力化した信長は天下布武に向かい突き進んでいきます。その信長も「世上の人」である光秀の謀反により命を落とします。
そして、その光秀を討ち、天下統一を果たしたのが同じ「世上をする人」である豊臣秀吉でした。そのような経緯を見続けていた家康の脳裏には、彼らに対する畏怖が付きまとっていた可能性は否定できないでしょう。
それゆえ家康は、豊臣家を滅ぼした後、大名の領地を基盤とする確固たる幕藩体制を築いていった、とも考えられるのです。
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磯田道史著 『豊臣兄弟 天下を獲った処世術』文春新書
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