豊臣秀吉の「六本指伝説」は本当か?肖像画から消された右手、隠し続けた身体的異形の真相 (2/3ページ)

Japaaan

豊臣秀吉の肖像(Wikipediaより)

天下人となった秀吉は、自らの出自を神秘化するため天皇の落胤説を広めました。また、外見が猿そっくりだったという伝説も、神の遣いである猿を利用して自らの神格化を図ったものだと考えられます。

彼はそうした政治的演出をかなり行っていました。『絵本太閤記』に見られる「太陽が懐に入る夢」すなわち日輪受胎伝説などもその典型です。

六本指の存在は、こうした「神話化」と真っ向から対立します。というよりも、秀吉はそうした神話によって、自身が庶民の子であり異形の手を持つ人間であるという現実を覆い隠そうとしたのかも知れません。

異形は権威を損なう弱点であり、関白・太閤としての正統性を揺るがす危険があったからです。

だからこそ、彼の肖像画では常に右手が袖に隠され、指が見えない構図が徹底されました。これは絵師の判断ではなく、秀吉側の指示だったと考える方が自然です。

この時期、弟の豊臣秀長は兄の政務を支える立場にあり、兄の「神話化政策」を最も理解していた人物でした。

彼が兄の六本指について触れた記録が一切ないのは、沈黙こそが兄への最大の支援だったからでしょう。

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