『豊臣兄弟!』慶(吉岡里帆)の義両親・堀池頼昌&絹は実在した?謎多き人物のモデルを史実で探る (3/4ページ)
『新撰美濃志』によると、美濃国守護一門の土岐頼雄(とき よりかつ)が南北朝時代の康永2年(1343年)に揖斐城(岐阜県揖斐川町)を築きました。
その後も頼雄の子孫が歴代城主を務めましたが、天文16年(1547年)に斎藤道三(麿赤兒)が攻め落とします。
道三は土岐家の旧臣であった堀池家の者に揖斐城を預けますが、永禄10年(1567年)に織田信長(小栗旬)が美濃を攻略した際、揖斐城は織田へ寝返った稲葉良通に落とされてしまいました。
※この時に慶の夫は討死してしまったのでしょう。
その後、揖斐城は稲葉貞通(さだみち。良通の子)が治めるところとなり、堀池家が城主に返り咲くことはなかったようです。
堀池内蔵は天正6年(1578年)に活動記録があり、堀池備中守は天正9年(1581年)に討たれていることから、堀池家は信長に臣従したのでしょう。
