朝ドラ【風、薫る】どこまで史実?忠実に再現された手術シーンが話題…白衣も手袋もない明治時代の病院描写
NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』。
見習い看護婦たち“ナース7”の活躍の舞台は、養成所から帝都医大病院(現在の東京大学病院)に移ったため、当時の看護職に対する偏見や差別など「厳しい現実」に直面することになりました。
それと同時に、明治時代の看護婦見習いの制服が話題になったり、レトロな木造建築の病室・医師たちのスリーピーススーツ姿など、衣装やセットも注目が集まっています。
そんななか、話題になったのが病院での手術シーンでした。医師たちの服装・麻酔の方法・手術道具・手術室の様子など、現代とはまったく異なる衛生管理や手法の光景に、SNSでは驚きの声があがっていました。
今回は、「忠実に再現されている」と評判の病院の描写とともに、社会的格差もあった明治時代の病院事情を調べてみました。
※現在では「看護師」という名称ですが、この記事では当時の名称に合わせて「看護婦」と表記しています。
※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。
帝都医科大学付属病院のモデルとなった東京大学医学部附属病院。(撮影:高野えり.2025)
西洋風の看護婦服は世間に「自立したプロの仕事」を示す『風、薫る』の第7週「届かぬ声」で、初登場した“トレインド・ナース見習い”の制服。
(史実では、大関和(一ノ瀬りん/見上愛)と鈴木雅(大家直美/上坂樹里)らが、看護婦養成所を卒業し帝大医学大第一医院(現在の東大医学部付属病院)に一期生として実習生に派遣されたのは明治21年(1888)ごろ)
紺のパフスリーブ・ロングスカート・白いカフス・白いキャップとエプロンという可愛らしい制服です。(足元は足袋と草履のまま)。SNSでもおおいに話題になっていましたね。
実際、看護婦養成所の制服には、式服と平常服があったそうです。平常着は筒袖の上着と袴のような長いスカートに草履、式服は詰襟で袖肩にパッドを入れて高くし、八枚はぎの裾の長いスカートで、どちらも洋装でした。
このような目を引くデザインにしたのは、世間の「看護婦は下女」という意識を払拭し、「トレインド・ナース」は自立した女性のプロの仕事なのだと認識してもらうため、という意図もあったそうです。
制服は「看護婦は『自立した女性の立派な職業である』と認識させる意味もあったとか。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
ちなみに、日本赤十字社が看護救護員として戦場に女性看護婦を送り出したのは昭和12年(1937)。これが、日本で最初の組織的看護活動とされており、この時制服として採用されたのは、以下の絵に描かれているような、真っ白のワンピースでした。(見習いから正規の看護婦になると全身真っ白の制服になるそうです。)
明治37年製作「赤十字病院船」武内桂舟 public domain
男性医師は白衣ではなくスリーピーススーツに革靴帝都医大病院の男性医師たちには、皆スリーピースのスーツ姿です。日本でスーツが着用されたのは、幕末末期~明治時代以降、軍服が起源とされています。
▪️同素材で作ったスリーピース最初のスーツはフロックコートでしたが、通勤着や日常着としては、ジャケット・ベスト・スラックスがすべて同素材・同色・同柄で3点揃っている『スリーピース』が普及しました。
ドラマ内で医師らが着用しているのが、このスリーピースは現代でも正統派コーデの代表です。
けれども、よく見ると、直美に簡単に手玉に取られている“ちょろい”と評判の助教授・藤田邦夫(坂口涼太郎)だけ、ベストは別素材・別色の様子。
髪型も、男性には珍しいパッツン前髪なので(坂口さん自身が元々パッツン前髪なのですが)、おしゃれは“皆にならえ”ではなく、人と違う個性を取り入れたいタイプなのかもしれません。
▪️フォーマルなウィングカラーのシャツ男性医師たちのシャツにも注目。
白い『ウィングカラー』の長袖シャツです。名前(ウイング)の通り、襟の先端を鳥の翼の様に小さく折り返したシャツです。 襟が首周り全体を包むように立ち上がっていて、襟先だけが前に折り返される仕様のオシャレなデザインとなっています。
現在もあるシャツですが、日常的に着用するものではなく、結婚式やパーティーなどフォーマルシーンで着るのが一般的です。
医師はみなスリーピースにウィングカラーの白いシャツ。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
病院にも階級社会が息づいていた時代スリーピース姿の医師が、そのままの姿で手術をするのも話題になりました。
手術も、ジャケットを脱いだだけのスーツ姿。ベスト付きのスリーピースなのは、ネクタイがぶら下がるのを防ぎ、血液で白シャツを汚さないために必要だったのでしょうか。腕まくりをしただけで手術をするのは驚きの声があがりましたね。
一説によると、帝大病院だけではなく公立・大病院では診察や手術のときには、患者に敬意を示すためにスリーピースを着用していたとか。
帝都医大病院では、和泉公爵家の奥方・和泉千佳子(仲間由紀恵)のように、いわゆるお偉いさんや身分の高い人も来院するので、そのような意味もあったのかもしれません。
医師が白衣を着用するようになったのは、大正初期ごろといわれています。
現代では、一応はどの病院を訪れても、患者は一定の質の医療を受けられる「医療の平等」を享受できる時代。けれども、この頃の大病院は、階級社会を映し出す「鏡」そのものだったそうです。
ドラマ内でも、患者の属性によって病室が使い分けられているように、当時は、経済力と身分が「病室の等級」を決定していました。
たとえば、「上等病室」は上流階級や富裕層用。プライバシーの確保はもちろん、食事・看護・設備のすべてにおいて手厚い待遇が約束されていました。これに対して、一般庶民や貧困層用の「下等病室」は、5人部屋などの大部屋が基本だったそう。
大部屋の病室。隣の人や周囲からの視界を区切るカーテンもありません。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
侯爵夫人が入院する「上等室」。インテリアも広さも違う。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
忠実に再現された明治時代の手術に驚きの声なかなか怖かったのが手術室のシーン。前項でもご紹介したように、医師たちは白衣も付けず、スーツのジャケットを脱いだだけ。サージカルマスクもグローブも手術帽もなし。靴も履き替えていないでしょう。
手術室で使用された『石炭酸噴霧器』にも驚きの声が。空気中の細菌を死滅させるために、熱で気化した石炭酸を手術の際に噴霧するのだそうです。
また、麻酔はガーゼに液体を垂らすだけ。手術経験者としては「あれで本当に手術が終わるまで効いているのだろうか」と不安になりました。
執刀した外科医・今井益男役の古川雄大さんの振り返りコメントによると、「医療器具が初めてみるものばかりで使い方も難易度が高かった」「執刀医の力量だけではなく、サポートする看護婦たちとの連帯やスキルが大切なのがわかった」とのことでした。
田代義徳「本邦に於ける外科学二十五年の回顧」『刀圭新報』では、ドイツ人医師のユリウス・スクリバ先生(※)の手術に関する記述に、「手術室の消毒は主に石炭酸スプレーで稀に硫黄の燻蒸をやった。」とあるそうです。
この手術のシーンはかなり正確に再現されていると評価する声があがっていました。
※ユリウス・スクリバ:ドイツの外科医。1881年7月6日から東京大学で外科、皮膚科、眼科、婦人科を教えた。和泉千佳子の実在のモデル、三宮八重野(アレシーア・レイノア)の乳がん手術を行なったとされる。
熱で気化した石炭酸を手術の際に噴霧する『石炭酸噴霧器』NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
大きな手術をする患者に寄り添うりん(大関和)現在の手術を経験している者にしてみると、この時代にどれほど手術をすることが怖かったことか。千佳子の乳がん手術の成功率は20%。しかも、乳房を切除するという大きな手術。
手術の恐怖・乳房を摘出することの恐れ・了後への不安・夫への遠慮など、胸中に渦巻いていたのではないでしょうか。診察も、男性医師たちや夫の前で着物を脱ぎ乳房を曝け出すのは、恥ずかしく誇りも傷付きます。
さらに、看病婦たちは「何の薬?」と聞いても「医師に言われただけ」と答えるし、お茶の淹れ方はガサツ、換気のため窓を開けているのにガンと閉めるし……すべてが癇に障り「病院を出ていく!」という、千佳子の気持ちはわかります。
けれど、当時の看病婦たちは、プロの看護学を教えてもらっていません。医師や患者の下女扱いだったので、いきなり気持ちに寄り添ったり「おもてなし」をしろといっても無理な話。
史実では、大関和は日本の今までの古い看病婦への扱いをやめ、「看護」とは何かを皆が学べるように奮闘します。今回の展開(先輩看病婦たちの手荒い仕事ぶり)は、その伏線があるかもしれませんね。
和泉千佳子のモデルは、実在の人物「三宮八重野/アレシーア・レイノア」とされる。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
気むづかしい千佳子を「observe=観察」バーンズ先生は「患者と楽しく会話や挨拶」をしたがったりんの甘さを手厳しく叱りました。まさに正論ではあるのですが、普通に挨拶をしたり日常的な会話をすることで患者さんが喜んでいる様子も描かれました。
実際、大関和さんは患者に寄り添う人で、大関さんが病室に入ると患者さんの顔が明るくなったそうです。
泣いたり縋ったりすることなく凛然と生きてきた誇り高き伯爵夫人。そんな彼女の扱いに困り、病院はりんに担当を押し付けよう(失敗はすべてりんのせいにすればいいと)という魂胆のようですが。
まっすぐでど根性のあるりんのこと。きっと千佳子の様子をナイチンゲールの本で教わったように、きちんと『observe=観察』して、彼女の心に近づき信頼を得るのではないでしょうか。
りんは、学んだ看護の基本「observe=観察する」力を千佳子に発揮できるか。NHK朝ドラ『風、薫る』公式サイトより
最後に「風、薫る」で知る、明治時代の病院の様子や、社会格差があった医療の状況。興味深く観ると同時に、改めてこの明治時代から令和の時代まで、医療・医療機器・看護などの発展に努めてきた人々の努力には頭が下がる思いになります。
(最近、大病院で乳がんによる乳房全摘手術をした友人がいるのですが、その手術の的確さ・先進的な傷のケア方法・回復の速さに、医学の進歩を感じたので、よけいリアル)
のちに「日本のナイチンゲール」とまで呼ばれ、大きな貢献をする大関和さん。頑張れ!負けるな!桜井看護婦養成所の“ナース7”たち!
参考:明治のナイチンゲール 大関和物語 田中ひかる
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