朝ドラ「風、薫る」看病婦と看護婦見習いが助け合う日は来るのか…明治時代の看護の過酷な現実
NHK朝ドラ「風、薫る」。第9週のテーマは『看病婦とアメ』。
今週フューチャーされるのは、物語の舞台「帝都医大病院」で、以前から働いている看病婦(正式な看護の勉強は学んでいない人)と、見習い看護婦の一ノ瀬りん(見上愛)たち “ナース7”との対決。
いわゆる「新旧対決」の様相が浮き彫りに……とはいっても、「旧」が「新」への敵意を一方的に強めたのですが、問題は「病院と医師」にもあります。
ドラマと同様、実際に当時の病院では、看病婦は雑役婦・下女扱いされていました。新しい見習い看護婦に対しても同様。「女の看護婦風情に何ができる」と見下していた医師もいたそうです。
ドラマでは、りんは、和泉侯爵夫人・千佳子(仲間由紀恵)への手厚い看護ぶりで信頼を勝ち取り、「教育を受けた看護婦の看護を受けたい」と希望する政治家や華族が増加。病院はVIPの看護をりんに担当させようという話に。
当然、見習いの優遇は低賃金でこき使われている看病婦にとっては、面白くないでしょう。もともと「新」と仲良く仕事をしようなどという意識が皆無の「旧」。
けれど、ただ「若い子が気に入らない」だけではないようです。生活の糧を得ている仕事を新しい看護婦たちに奪われてしまう……そんな不安があるような気がします。
史実では、りんのモデル・大関和や大家直美(上坂樹里)のモデル・鈴木雅は、「看護の質を上げる」ために、この「新」「旧」の垣根を壊すために奮闘していきます。
仕事に対する態度が悪く意地悪なお局様がいたら、私だったら職場が嫌になってしまいそうですが、「日本の看護の向上のため」と頑張るのが、和や雅たちのすごいところ。ドラマではそのプロセスをどう描いていくのでしょうか。
この頃(明治21年頃)看病婦と看護婦の扱いや待遇などはどうだったか、実在の人物であるヒロインたちは、古い価値観をどう塗り替えて行ったのか、ドラマの描写やドラマの原案となった伝記小説などを比較しつつ探ってみました。
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もともと先輩「看病婦」からは疎んじられていたトレインド・ナース見習い。NHK朝ドラ「風、薫る」公式「X」より
※現在では「看護師」という名称ですが、この記事では当時の名称に合わせ「看護婦」と表記しています。
※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。
前回、「フユは本当に嫌な先輩?」という記事で、ドラマでは超絶感じが悪いベテラン看病婦・永田フユ(猫背椿)も、実在のモデル・吉村セイは人望の厚い後進の指導にも熱心な人だったことを、ご紹介しました。
朝ドラ【風、薫る】フユは本当に嫌な先輩?実在モデル・吉村セイは若き看護婦を導き慕われた“人格者”だったけれども、実際は、吉村セイのように、キャリアもスキルも人格も揃っている看病婦は稀有だったそうです。
当時の看病婦の実態は、「看病婦を雇ったとき、なり手がいなかったので、やむおえずに吉原のやり手婆さんを連れてきた」(『明治女性史』)、「あばずれのしたたか者と思われるような者ばかりであった」(職業婦人調査)だったとか。
原案になった伝記によると、見習いで病院を訪れた大関和は、看病婦たちの患者に対する処置の手荒さ・物言わない患者は「要求はない」と決めて無視をするなど、あまりの雑な看病ぶりに驚いています。
ドラマでも、最新看護を学んだ“ナース7”が、看病婦たちの雑な仕事ぶりに度肝を抜かれているシーンが描かれていましたね。
病院側が見習いを重んじるようになりさらに反目もともと好意的ではなかった既存の「看病婦」たち。りんたちに対して病院が一目置くようになったことでさらに面白くありません。
院長から看病婦らに「学問を身につけた“ナース7”から看護を学べ」とお達しが下されます。反発する看病婦たちに助教授の藤田邦夫(坂口涼太郎)は、「看護だけではなく『ふるまい』も学ぶように!」といって、感情を逆撫でします。
案の定、永田フユは「へ〜え、生意気かと思ったらお武家さんかい」と嫌味をいうわ、須永ヨシ(明星真由美)はわざとお茶をこぼし「お上品な雑巾の吹き方教えておくれ」と挑発するわ。
さらに、病棟看病婦は、まだ食事中の患者・小野田里久(宮地雅子)のご飯を勝手に下げる始末。東雲ゆき(中井友望)が「まだ、お食事中です」と止めるも、「時間ないの!」「だいたいあの患者、そんなに長くないんだからっ!」と思いやりのカケラもない暴言を吐く始末。これは本当、最悪。
ゆきは「お言葉ですがナイチンゲールの教えでは」と言い返しますが、まったく聞く耳も持ちません。そもそもナイチンゲールが誰か知らなさそう。私なら「まだ、患者さんが食べてる途中でしょうがぁ〜!」と『北の国から』ばりにブチギレます。
そして、玉田多江(生田絵梨花)が、抱いている患者の赤ん坊を「ちょっと見ていてください」と頼んだ看病婦の三浦ツヤ(東野絢香)は、「私は見習いと違うの!いちいち赤ん坊預かっていたら仕事にならない」と怒鳴る始末。赤ん坊が苦手なようです。
今後、看病婦と看護婦がお互いにフォローしあう関係性が築かれていく前振りだとしても……次から次へと続く態度の悪さには、腹が立ちました。
先輩「看病婦」の態度の悪さはさらにアップ。NHK朝ドラ「風、薫る」公式「X」より
「お金が欲しいのは卑しいのではなく切羽詰まっているから」緊急で運び込まれた患者の手術にりんと直美を呼びつける外科教授の今井益男(古川雄大)。患者は華族だったので、手術介助の経験がなくても「華族に評判がいい」看護婦見習いを呼んだのでした。
「いるだけで喜ばれるのね〜」と嫌味を言うフユに、りんはめげずに「手術介助の方法を教えてください」と頭を下げます。「気持ちいい!お武家の娘に頭下げられるなんて」と言いつつ「お金ちょうだい」と言うフユ。交渉決裂。
“ナース7”はその報告を聞いて、「お金くださいなんて卑しい!」「どうやってあの人たちと仲良くしたらいいの?」と怒ります。
そこで、実際のモデル・鈴木雅のように現実的な答えを出す直美がひとこと。
「卑しいんじゃなくて、本当にお金がなくて切羽詰まっているとは考えないの?」
「看護婦でさえ差別されている。ましてや看病婦ならどのように思われているか。それでも働いているのはお金に困っているんじゃない?」といいます。
しばし考え込む“ナース7”。
「看病婦は行き場のない女の人や、遊郭のやり手婆あが働いていると聞いた」と玉田多江。「内科の看病婦の給金は月3円と聞いた」と工藤トメ(原嶋凛)。
3円?そんなに安い給料で?とざわめくなか、「それでも女ができる仕事ではいいほうだって」というトメ。あまりの看病婦の賃金の安さに皆、言葉を失います。
経験の豊富な先輩の看病婦に教えを乞うりんですが。NHK朝ドラ「風、薫る」公式「X」より
「女の仕事」に対する金銭的評価が低過ぎた時代直美が「アメリカではトレインドナースは月30円くらいの給料」というと、ざわめく“ナース7”。
史実では、明治21年に養成所を卒業した大関和と鈴木雅は、「帝都医大病院」にそのまま就職し、和は外科看病婦取締(看護師長)に、雅は内科看病婦取締(看護師長)に就任します。
そのときの二人の給料は日給約33銭、1ヶ月にするとおよそ9〜10円くらいと推測されています。(この当時の「1円」は庶民にとって現在の2〜3万円とも言われています)小学校の教師の初任給が5円だったので、激務とはいえども看護師長はそこそこの高級取りの部類に入るのではないでしょうか。
ちなみに、明治23年〜30年ごろの女性の給料は……
・工場でのマッチの箱張り:1日600個張って4銭
・工場での紙巻きたばこ作り:1日500本巻いて4銭
・仕立ての内職:単物(ひとえ)7~9銭・袷(あわせ)8~10銭・木綿綿入れ10~14銭
上と違って、人手不足で給金高騰していたのが
・子守:1ヶ月1円
・小間使い:1.2〜1.5円
・飯炊き女:1.5〜3.0円
これらの給料と比べると、看病婦の給料は安いとはいっても、1ヶ月3円だったので、まだ高いほうなのでしょうか。
看病婦にしても、看護を学んだトレインドナースにしても病人や怪我人の命を預かる大切な仕事。それに対する金銭的な評価の低さは、いかにこの時代「看護」に対する認識が低かったかを物語っています。
さらに、明治に入っても国民の意識はまだ封建社会のまま。明治政府が『良妻賢母教育』を推し進めたので、男性優先の考えが女性が職業をもつことへの偏見につながり、女性の仕事に対する金銭的な評価の低さを招いたといわれています。
原案の伝記の中で、看護師見習いの広瀬梅(工藤トメ(原嶋凛)のモデル)が、「ほんとにこの世は、男性にばかり都合ようできとる」とため息混じりにいう場面があるのですが、本当にそうだなと実感。
さらに、大関和と井上和が病院で、
「看護婦という職業が広く必要とされれば、女性たちの自立の手助けになる」
「最初のトレインドナースとなる私たちの頑張り次第」
ということを話し合いつつ、それぞれ背中を向けて外科と内科というお互いの持ち場に戻っていく場面があるのですが、かっこよくてしびれます。
そのプロセスはこれからドラマではどう描かれていくのでしょうか。
性格は違っても「看護」への志は同じなバディ同士。NHK朝ドラ「風、薫る」公式「X」より
一生誇れる「看護婦」としての仕事を大関和も井上雅が看病婦取締として働くようなってから、トレインド・ナースに憧れる若い看病婦が増えたそう。
原案の伝記の中では、和は病院が一時中断していた『看護講習』を提案したところ看病婦から歓迎されたとか。差別されさげずまれながらも生活のために過酷な仕事に耐えて来た彼女たちこそ「看護」を学びたかったようです。
「看護婦として一生誇りを持って働くために専門的な知識や技能を身に付けたい」という、若き看病婦の言葉が沁みます。
医師たちの差別や偏見に満ちていた医院で、そんなレボルーションを巻き起こした大関和。看病婦取締になって1年が立つ頃には、医療界で和の名前を知らないものはいないほど有名になり、有力者などの手術には指名の声がかかったとか。
和のその手腕は、まだ実習生時代に吉村セイから教わった手術の器械出しの技術が買われていたこともあったそうです。今、ドラマでは二人の険悪な感じを見ているので胸熱ですね。
「旧」から「新」に伝授されたスキルと、「新」から「旧」が教える知識で、どんどん看護の環境を変えていく……これからの展開が楽しみです。
頑張れ!偏見や差別を乗り越えるトレインド・ナースたち!
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