【豊臣兄弟!】上月城に入った尼子勝久(渡邉蒼)とは?山中幸盛と尼子再興を夢見るも悲劇的な末路をたどる

Japaaan

【豊臣兄弟!】上月城に入った尼子勝久(渡邉蒼)とは?山中幸盛と尼子再興を夢見るも悲劇的な末路をたどる

羽柴筑前守秀吉(池松壮亮)が攻略した上月城に、尼子勝久(渡邉蒼)と山中幸盛(廣瀬友祐)が入りました。

劇中ではサラッと名前が出ただけですが、彼らはどんな人物なのでしょうか。

今回は尼子勝久(あまご かつひさ)の生涯をたどってみたいと思います。皆さんが大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむ参考になれば嬉しいです。

※「豊臣兄弟!」関連記事:

『豊臣兄弟!』信長を裏切る荒木村重(トータス松本)…逃亡の果てに待っていた700人処刑の悲劇

『豊臣兄弟!』近づく半兵衛(菅田将暉)の最期、黒田官兵衛(倉悠貴)との熱い絆…天才軍師「両兵衛」を比較

尼子再興の志に燃える

渡邉蒼演じる尼子勝久。あどけなさが残る若武者姿に、胸が痛むのはなぜだろう。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

尼子勝久は天文22年(1553年)、尼子誠久(まさひさ)の五男として出雲国(島根県東部)で誕生しました。

しかし2歳となった天文23年(1554年)に父と祖父の尼子国久(くにひさ)らが惣領の尼子晴久(はるひさ)によって粛清されてしまいます。

この時に勝久は小川重遠(おがわ しげとお)らに救出され、東福寺で出家しました。

かくして戦国乱世を逃れて仏道に帰依した勝久でしたが、永禄9年(1566年)に尼子氏が毛利元就(もうり もとなり)の侵攻を受けて、滅亡したとの報に接します。

尼子の血を引く勝久のもとへ、旧臣の山中幸盛や立原久綱(たちはら ひさつな)らが訪れ、尼子再興の志を語りました。

勝久は彼らの思いに心打たれたのか、還俗(げんぞく。僧侶をやめ俗人に戻ること)して隠岐国で尼子再興の機をうかがいます。

いざ出雲奪還へ

廣瀬友祐演じる山中幸盛。我に七難八苦を……の名文句は聞けるだろうか。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

そして永禄12年(1569年)6月、毛利勢が九州攻略に乗り出した隙を狙って出雲国へ舞い戻りました。

そして尼子氏の本拠地であった月山富田城(がっさんとだじょう)奪還のため攻めかかりますが、守将の天野隆重(あまの たかしげ)が抗戦したため、思うようにいきません。

そうこうしていると、永禄13年(1570年)1月に毛利輝元(濱正悟)を総大将に、吉川元春(きっかわ もとはる)・小早川隆景(こばやかわ たかかげ)らが出雲国へ兵を出してきました。

勝久らは布部山で毛利勢と決戦に挑むも敗北し、出雲国を放棄して京都まで敗走します。

再び時機をうかがいながら、天正2年(1574年)に但馬国の山名豊国(やまな とよくに)と連合で出雲攻略に乗り出しますが、返り討ちにされてしまいました。

ここで勝久は自力での尼子再興を断念し、織田信長(小栗旬)の力を借りるため、臣従することとなります。

上月城の戦いで自刃

落合芳幾「太平記英勇傳 尼子四郎勝久」

かくして織田家臣となった勝久は、羽柴秀吉の部将として中国攻めに参陣しました。

そして天正5年(1577年)に秀吉が播磨国上月城を攻略すると、その守備を命じられます。

しかし天正6年(1578年)、毛利勢と宇喜多勢の連合軍3万が上月城へ侵攻してきました。秀吉は三木城攻めで兵力を割けず、勝久らに上月城を放棄するよう伝えます。

しかし勝久は「ここで退いてなるものか」とばかり、秀吉の要請に従いません。

大軍に包囲された勝久らは死力を尽くして抗戦するも、武運つたなく降伏の憂き目をみます。

開城に際して勝久は自刃、嫡男の尼子豊若丸(とよわかまる)や長兄の尼子氏久(うじひさ)、家臣の神西元通(じんざい もとみち)らもこれに殉じました。時に天正6年(1578年)7月3日、享年26歳。

なお山中幸盛は捕虜となってしまいますが、まだ尼子再興を諦めません。護送される途中で脱走を図ったため、斬殺されてしまいました。

かくして山陰の戦国大名・尼子氏は滅亡したのです。

終わりに

今回は尼子再興の志に散った尼子勝久の生涯をたどってきました。

果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、彼らの活躍と最期がどのように描かれるのでしょうか。

ちなみに尼子の残党は一門衆の亀井茲矩(かめい これのり)がまとめ、秀吉の部将として武功を重ねました。

そして大名となり(因幡鹿野藩・津和野藩)、その家名を幕末まで受け継いでいきます。

尼子が大名の座に返り咲いたことを、勝久たちも喜んでいるのではないでしょうか。

※「豊臣兄弟!」関連記事:

『豊臣兄弟!』信長を裏切る荒木村重(トータス松本)…逃亡の果てに待っていた700人処刑の悲劇

『豊臣兄弟!』近づく半兵衛(菅田将暉)の最期、黒田官兵衛(倉悠貴)との熱い絆…天才軍師「両兵衛」を比較

※参考文献:

上田正昭ら『コンサイス日本人名辞典 第5版』三省堂、2008年12月 鳥取県 編『鳥取県史 第2巻《中世》』鳥取県、1973年3月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「【豊臣兄弟!】上月城に入った尼子勝久(渡邉蒼)とは?山中幸盛と尼子再興を夢見るも悲劇的な末路をたどる」のページです。デイリーニュースオンラインは、立原久綱神西元通山名豊国尼子豊若丸尼子誠久カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る