『豊臣兄弟!』おのれ、村重!妻・だし絶叫…命惜しさに逃げた夫と、命を捨て家臣を救った別所長治の残酷すぎる対比
『おのれ〜!村重!』
突然、夫・荒木村重の裏切りを知った、妻・だしの絶叫。
手負いの獣のような咆哮を上げ夫の置き手紙を引き裂き、髪も着物の裾も振り乱し、茶道具を飾っていた飾り棚を次々と薙ぎ倒しました。
ギリギリギリと床に爪を立て、まるで目の前に“逃げていく夫の背中”があるかのように凝視して「おのれ、村重ぇ〜!」。
だしを演じる山谷花純さんの鬼気迫る演技、突然天地がひっくり返るカメラワーク、大地に叩きつけるような激しい雨の音、この先の序奏のような雷鳴の演出が見事でした。
だしの「夫を恨むことなく立派な最期を遂げた美人妻」というきれいにまとめた逸話にモヤモヤを感じていたので、むき出しの強烈な心情が伝わる演出には感動しました。
豊臣兄弟 第24回『軍師官兵衛』。
投降を決意するも土壇場で臆病風に吹かれ、おのれの「命」への強い執着に駆られ遁走した荒木村重(トータス松本)の弱さ。
「自分が死ぬことで皆の命を助けることができるなら」と、おのれの「命」をほかの人を生かすことに使う決断をした若き別所長治(下川恭平)の潔さ。
「命」へ思いが、あまりにも異なり過ぎる“二人の対比”が鮮やかに描かれました。
今回は、村重・だし・長治の場面を振り返りつつ、それぞれの「命」への思いを考察してみました。
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過去の夫婦の会話が今回の逃亡を示唆
前回、竹中半兵衛(菅田将暉)が「あの男(荒木村重)は調略に応じてもまた裏切る。そういう男だ」と言った言葉が鮮やかに蘇りました。
「天下一の裏切り者」「卑怯千万な愚将」で知られる村重ですが、「武将として豪胆」「信長の苛烈な成果主義争いで追い詰められた武将」とする声もあります。
けれど、なぜ信長を裏切った?なぜ逃げた?の理由は諸説あり、近年では“卑怯な逃亡”ではなく “援軍を求めての戦略的撤退” “尼崎城に逃げて徹底的に戦った”という見方もあるようです。
けれども、いずれも「決定打には欠ける」といわれています。
ただ、いずれにしても、「だしらの助命と引き換えに降伏を求められた」のに受け入れず抵抗を続けたため、天正7年(1579)12月、約700人近くもの人々が処刑された悲劇は起こりました。
「豊臣兄弟!」では、以前、妻との会話で村重の人間性を丁寧に描いていました。
▪️播磨攻略の役目を秀吉にとられたとき
村重
「わしはこれまでただ必死に生き延びてきたんじゃ。そなたのような美しい妻や子にも恵まれた。後は楽して楽しゅう面白ろう生きていけたらそれでええんじゃ。すまんのう、無欲な男で。」
だし
「何をおっしゃいます。それこそが『強欲』でございましょう」
気持ちは分かるものの、戦国時代の武将でありながら「安寧に生きていきたい」と願うのはたしかに『強欲』でしょう。
▪️信長に刀に刺したまんじゅうを突きつけられたとき
村重
「わしはそなたとこうしておられれば、それでええのじゃ。上様を裏切る気など毛頭無いのに、どうしてわかってもらえんかのう」
だし
「これまであなた様がなされてきたことを思えば、信じてもらえずとも致し方ありませぬ!」
実際のところ、だしは、『信長公記』では21歳、『立入左京亮入道隆佐記』では24歳と記述されています。はっきりはわかりませんが、まだ20代前半で夫とは20歳以上は年齢が離れた夫婦でした。
親子ほど歳の離れた夫に「生き残るため『裏切る』人間は『また裏切るだろう』と思われても仕方ないですよ」とたしなめるだし。
賢く冷静で肝が据わった女性という印象でした。
今回の“突然の逃亡劇”を示唆していましたね。
甘える村重に20歳も年下とは思えない大人の嗜め方をするだし(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより)
自分が「生きる欲」は強かった男「欲のない男ですまんのう」と妻に詫びた男は、他を犠牲にしても自分の命は守りたい「生きる欲」の塊でした。
自分の「命」が大切なのは誰でも同じ。けれど愛する者を守ろうとするときのほうが、人は自分が思った以上の力を発揮できるもの。自分で自分を守ろうとすると臆病になってしまいます。
そんな脆さのある村重は、小一郎(仲野太賀)に説得され降伏を決めますが。
信長への手土産にしようとしたのか、大事な茶器を整理しているときにうっかり割って指を切り、血を見た途端自分の命の危うさに気がつき戦慄してしまいました。
明智光秀(要潤)に対して、信長との信頼関係を薄氷に喩え「一度割れたものは元に戻らん」と言った自分の言葉を思い出したはず。
必死に、割れた茶器の破片をかき集める村重。血染めになった両手を見て、信長に斬られると感じた時の恐怖が鮮やかに蘇ったのでしょう。
無意識に抑え込んでいた恐怖が、一気に吹き出しパニックになった……そんな感じがしました。
直前に「そなたのことは絶対に守る」とだしに約束した気持ちなど雲散霧消した様子。この一連の流れのトータス松本さんの表現が素晴らしかったですね。
急激に信長への恐怖が蘇ってしまう。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより)
怒りをむき出しにするも最期は「心曇らせず」冒頭で書いたように、だしの『おのれ〜!村重!』の描き方は秀逸だったと思います。SNSでも演じた山谷花純さんの演技を大絶賛する声が。
「激しい怒りに突き動かされて、獣のような咆哮を上げながら荒れ狂って暴れる」という演出は、「本当は、だしはそうだったはず」と頷けるほど、リアルでした。
そんなだしの姿に、雨に打たれ転びながら「すまん。わしは死にとうない。死にとうないんじゃ」という村重の姿がかぶさります。
その後、凛然と落ち着いた様子で処刑場に訪れただしは、チラリと見守る小一郎に向けて微かに微笑みました。私は大丈夫ですよ……とでもいうように。
処刑時の目隠しを「いりません」と断り、ふと空を仰ぎ二羽の鳥が飛び交う姿を見て微笑み「殿、それでも。お慕い申し上げておりました」とつぶやきました。
「それでも」と言い「おりました」と過去形で、何処にいるかもしれぬ夫に告げたのは、「夫への愛のメッセージ」ではなく、自分自身の最期を「夫への呪詛」で終わらせたくなかったのでは。
確かに存在した「仲よく過ごした楽しい時間」まで憎みたくなかったのでしょう。自分自身の尊厳を守るために。
実際にだしが残した辞世の句の一つを思い出しました。
「磨くべき 心の月の 曇らねば 光とともに 西へこそ行け」
(意訳:私の心の中の月は曇らぬように磨いていたので光り輝いています。私にその光に導かれて西方浄土へ行きます)
最期を夫への呪詛の言葉で固めたら、今まで澄んだ心で生きてきた自分自身を貶めてしまう……そんな思いだったのだと思います。
最期は自分の尊厳を守り凛然としていただし。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)
独り茶を練るその胸中に浮かぶものはだしを斬首する刀に水をかける場面と、暗い茶室で(逃げた先の尼崎城か)村重が柄杓で湯を器に注ぐ場面が被ります。
一人、茶を練る村重。その器は、有岡城から持ち出したものなのでしょうか。
茶道の心は『和敬清寂』。茶席の主人と賓客が、互いに心開いて仲良くし、お互いに敬い合い、心清らかに迷いのない気持ちに……という心得と言われています。
明日をも知れぬ命を生きる戦国武将は、刀を持つことが許されない茶室は、唯一命の心配をすることなく心安らげる場所だったとか。
無心に茶を点てる時間は、自分自身と向き合う重要な時間。
茶碗の中をひたすらに見つめて茶を練る時間を独り過ごす村重は、心静かではなかった気がします。残された皆が処刑されることはわかっていたでしょう。
守ると言ったのに見殺しにした妻の嘆き、処刑される家臣の妻子の苦痛の叫びや悲鳴が聞こえ、悶え苦しむ幻影はまざまざと浮かぶため、必死に茶を練ることに没頭しようとしたのかもしれません。
どんな理由があるにせよ、彼らを処刑に追い込んだという慚愧に堪えない思いは消えることはなかったでしょう。
荒木村重家臣らの処刑の場となった、七松城跡(兵庫県尼崎市・七松八幡神社境内)には『七松城落城 なくなられた武士及び家族 故六百二十余人之碑』があります。
「生」への執着が「死」への恐れを掻き立てられた(NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)
自分の命で「皆の命を救う」決断をした別所長治今回、「死にとうない!」と、凄まじいまでの「生」への欲を感じさせた村重に対して、自分の「生」を賭けて皆の命を救おうと決意した別所長治(下川恭平)の「主人」としての潔さが際立っていました。
ずっと従っていた叔父の別所賀相(田中美央)との三木城籠城は2年ほどに及びました。けれど、とうとう食糧も枯渇し『三木の干殺し』と呼ばれた壮絶な戦いも終焉を迎えます。
降伏するように告げにきた秀吉(池松壮亮)の申し出を叔父・賀相は拒絶し家臣らに討ち取らせようとするも、家臣はすでに調略されたあと。
断固として降伏を拒絶する叔父に対し、長治は「最期ぐらいは、わしが決める」と言います。
先に豊臣側についていた叔父の別所重棟(忍成修吾)が、そんな長治に「ご立派になられました。」と伝える場面は、その前の村重の場面が酷かっただけに、泣けました。
「降伏の申し出お受けいたす」という長治に頭を下げる豊臣勢。自分らの命と引き換えに、飢えで疲弊した兵たちの命乞いを願います。
「ちょうど去年の今頃もこうしてあの花を眺めておった。」と庭を眺め、泣きながら「あのとき間違いに気づいておればの。無念じゃ」と長治。
豊臣勢の皆が庭に降り立った長治の背中に向かって平伏するなか、長治は花を見上げてふと微笑みました。
『播磨別所記』(大村由己著)によると、降伏に対し兵たちの命は取らないと約束した秀吉は「末期の酒」となる酒を差し入れたとか。
ささやかな別れの宴のあと、長治は3歳の子と妻の胸元を貫いたあとに切腹しました。
残された長治の辞世の句。
「今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば」
(自分ひとりの犠牲で多くの人の命が助かることを思えば、今はもう敵に恨みさえも感じない)
そして、共に亡くなった長治の妻の句。
「もろともに 消えはつるこそ嬉しけれ をくれ先だつるならひなる世を」
(夫婦はどちらか先に逝き、あとに残された者が悲しむのが世の習わし。夫と一緒にこの世から消え去ることができるのは心から嬉しい)
立派な最期を覚悟した夫と共に、手と手を携えて逝く覚悟をした妻。
夫に残され、二度と会うこともないままに独り気高く最期を迎えた妻。
二組の夫婦の対比が胸に刺さります。
「最期は自分で決める」別所長政。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイト)
「何もかもが思った通りにはならぬ。」だしの処刑を最期まで見守り「こんな結末にしたくなかった」と泣く小一郎に「傲慢じゃ。助けられた命もあることを忘れるな。何もかもが思った通りにはならぬ。」という秀吉。
以前、秀吉を信じ援軍を待ちわびていた尼子再興軍総大将・尼子勝久(渡邉蒼)と、家臣の山中幸盛(山中鹿助/廣瀬友祐)を、結果的には裏切り見捨て置き去りにした……一時的に記憶喪失になるほど苦しんだ、あの時の自分に言い聞かせているようでした。
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荒木村重史料研究 信長公記が村重をおとしめた 山脇 一利
播磨別所記
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