『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察
安土城が完成した祝賀の宴で、いきなり織田信長(小栗旬)から追放を申しつけられた宿老たち。
林秀貞(諏訪太朗)・佐久間信盛(菅原大吉)そして安藤守就(田中哲司)……彼らには謀叛の疑いがかかっていたというのです。
守就の婿である羽柴小一郎(仲野太賀)が調べたところ、実は嫡男の安藤定治(森優作)が武田と通じている事実をつきとめました。
小一郎は安藤父子を引き取ろうとしますが、美濃の熊殺し(自称)である守就にも意地があり、小一郎と慶(吉岡里帆)夫婦に別れを告げます。
そんな中、信長は明智光秀(要潤)に対して長宗我部元親(磯部寛之)へ四国切取りの約束を反故にするよう命じました。戸惑う光秀の元に、足利義昭(尾上右近)から「信長を討て」と密書が届き……そんな展開でした。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第25回放送「変事の予兆」今週も気になるトピックを振り返って参りましょう。
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念願の城主となった蜂須賀正勝。前野長康の喜びぶりに、心温まる。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
「3年で城持ちにしてくれ」
かつて墨俣築城作戦で、そんな約束をしてから早15年。羽柴秀吉(池松壮亮)が播磨を平定した天正8年(1580年)に、蜂須賀正勝(高橋努)は龍野城(兵庫県たつの市)の主となりました。
いっぽう義兄弟の前野長康(渋谷謙人)も同時期に、かつて別所長治(下川恭平)が治めていた三木城(兵庫県三木市)の主となります。
姫路城(兵庫県姫路市)を本拠とした秀吉を中心に、西に蜂須賀正勝、東は前野長康が支える形となりました。
その後も二人は羽柴兄弟の立身出世を支え、ついには天下一統を見届けることになります。
長曾我部元親はLGBTだった?
小一郎に姫若子の本心を打ち明ける元親。ここから信長の変節にどう変わるのかに注目。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
安土城完成の祝宴で舞を披露した男が能面を外すと、何とびっくり長曾我部元親。以前ちょっとだけ登場した土佐国(高知県)の戦国大名です。
幼少期はおっとりしていて、周囲から姫若子(ひめわご。お姫様)とからかわれており、初陣は23歳と当時の武士にしてはとても遅いものでした。
しかもその初陣ではぼんやりと敵を眺めていたそうで、見かねた家臣が槍の使い方と大将たる者の心得を説く始末だったと言います。
果たして教えを受けた元親は見事に敵を撃ち破り、以来「鬼若子」と賞賛されるようになりました。
これをキッカケに次々と敵を滅ぼして土佐一国の切り取りを達成。もはや姫若子などと笑う者はなく、元親は土佐の出来人(土佐が生んだ傑物)と呼ばれるようになります。
劇中では女性のような衣服を身にまとい、ずっとこうしていたいと小一郎に打ち明けていましたが、果たして実際の元親はどうだったのでしょうか。
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ただの余興と思っていたのに……追放を言い渡され、愕然とする林秀貞。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
森乱(市川團子)との相撲に敗れ、追放を言い渡された宿老たち。万が一彼らが相撲に勝ったら、信長はどうするつもりだったのでしょうね。
【豊臣兄弟!】美少年・森乱(蘭丸)は実際に強かった!?「安土相撲大会」に隠された“権力誇示”の真実ちなみに天正8年(1580年)時点で森乱は16歳、対する宿老たちは、林秀貞68歳・佐久間信盛53歳・安藤守就78歳でした。
もしこの相撲エピソードが実際に行われていたとしたら、若者が老人たちをなぶり倒す地獄絵図だったことでしょう。
ところで信長が宿老たちを追放した時の様子が『信長公記』に残されています。
……八月十七日 信長公大坂より御出京 京都に而御家老 林佐渡守 安藤伊賀父子 丹羽右近 遠国へ被追失子細は先年 信長公御迷惑の折節含野心申之故也……
※『信長公記』巻十三「佐久間林佐渡丹羽右近伊賀々々守事」より。
【意訳】天正8年(1580年)8月17日、大坂から京都に着いた信長は、家老の林佐渡守(秀貞)・安藤守就と安藤定治父子・丹羽右近(にわ うこん)を遠国へ追放した。その理由は以前に信長が窮地に陥った時、謀叛を企んだからである。
この謀叛については諸説あり、実際のところははっきりしていません。劇中では林と安藤が武田に内通し、佐久間が石山本願寺と内通した設定となっていました。
劇中では林と佐久間についてはその最期があっさりと描かれ、丹羽右近(丹羽氏勝)については言及されていません。ちなみに丹羽長秀(池田鉄洋)との血縁関係はないようです。
佐久間信盛に向けられた信長の怒り
年寄りたちを次々となぶり倒す森乱。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
ちなみに佐久間信盛は劇中とは異なり、彼らと別に8月12日時点で追放が申し付けられました。厳密には折檻状(せっかんじょう)と呼ばれる糾弾文書が突きつけられたのです。
この折檻状は19ヶ条にわたる信盛の職務怠慢を論(あげつら)ったもので、それはもうボロッカスでした。原文は長いので、すごくざっくりと意訳します。
一、お前が5年間ずっと石山本願寺を攻略できないのは、敵と内通しているのではないか?
一、相手は坊主だからそのうち降伏するだろう、と怠けおって、まったくけしからん!
一、明智光秀・羽柴秀吉・池田恒興(堀井新太)が奮闘しておるのに、恥ずかしいと思わんのか!一、そうそう、柴田勝家(山口馬木也)も北陸で奮戦しておるぞ!
一、5年間も敵を攻めあぐねているのに、なぜわしに報連相すらせんのだ!
一、そろそろ怒られるかと危惧して、アリバイ的に報告をよこしても今さら遅いわい!
一、お前は織田家中でも特別待遇を受けてきたのに、それにあぐらをかきおって!
一、所領が増えたならば新たに家臣を召し抱えて奉公に励むべきところを、金銀を惜しんで私腹を肥やすとは言語道断!
一、またわしが紹介してやった家臣たちをすぐに追い出したのは、やはり奉公より金銀が大事なのだろうな!
一、お前が人材に投資せず、私腹を肥やしてばかりいるから今回恥をさらすことになったのだ。唐土・高麗・南蛮でも多くの者が同じ失敗を犯しているではないか。
一、以前に朝倉義景(鶴見辰吾)と戦った時にお前を叱責したら、お前は自己正当化ばかりして歯向かったため、わしは面目丸つぶれだ。
一、お前の嫡男である佐久間信栄(のぶひで)の傍若無人な振る舞いは数え切れない。これはひとえにお前の責任だ。
一、お前ら親子は強欲で偏屈で人材への投資を惜しみ、それで頭が切れるかと言えばデタラメばかりで、まったく武士失格である。
一、お前は自分の軍役を与力(信長に仕えている)たちに外注してばかりで、自己負担となる家臣を召し抱えない。そのため非常にコスパが悪いではないか。
一、信栄の横暴な態度に、周囲は誰ひとり何も意見できなくなってしまっている。この事態をどう言い訳するつもりだ。
一、お前はこれまで30年間わしに仕えたが、これと言った活躍は何一つしていないではないか。
一、お前が三方ヶ原の合戦で徳川家康(松下洸平)への援軍として駆けつけ、敗れたことは責めない。しかし同僚たる平手汎秀(ひらて ひろひで)を見殺しにしてほぼ無傷で帰ってきたことは許せない。
一、許して欲しければ、今すぐ敵を討ち滅ぼすか、どこでもいいから討死して面目を施すがいい。
一、それが出来ないなら武士などやめて出家し、高野山にでも行って命乞いをするがいい。
……とまぁこんな具合に信盛への恨みつらみが30年分、じっくりネチネチと責め上げられました。
しかし本当に30年間まったく何の働きもしなかったというなら、それをずっと放置していた信長の管理能力も、なかなかひどいものだったと言わざるを得ません。
ともあれ信長から折檻状を突きつけられた佐久間信盛は高野山へ移り、天正10年(1582年)1月16日に55歳で世を去ったのでした。
小一郎の娘・末は実在した!
小一郎と慶の娘を抱く半兵衛。末という名は、半兵衛がつけた設定なのだろうか。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
さて、失意の舅を励まそうと、小一郎は守就を自邸に招いて楽しいひとときを共にします。第23回放送「さらば半兵衛」で誕生した孫娘の末(すえ)を抱きながら、喜びを感じていたことでしょう。
ところで、この末という娘は、最近の研究で小一郎の娘だったという説があるようです。
本作の時代考証を担当する黒田基樹が、毛利輝元(濱省吾)から進物を贈られた「御末様」という少女が小一郎の娘であると提唱しています。
※小一郎の娘であるかは議論の余地があるとして、末という女性がいたことは確かなようです。
今後彼女はどのように成長し、物語にどのような影響を与えるのか、今後注目していきましょう。
小一郎と別れた安藤父子その後
小一郎夫婦と別れる守就。ぜひ「美濃の熊殺し」たる意地を魅せてほしいところ。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
稲葉良通(嶋尾康史)の讒言によって追放・改易された安藤父子は、稲葉良通の下で蟄居させられ、所領はすべて奪われてしまいました。
劇中では美濃三人衆の一人として人格者然と描かれていた稲葉良通が、すっかりゲスな悪人ぶりに豹変してしまったのは、誠に残念でなりません。
ともあれ安藤父子はしばらく忍従の時を過ごし、天正10年(1582年)6月2日に本能寺の変が起こると、ここぞとばかりに挙兵します。
かつての本拠地であった北方城(岐阜県北方町)を奪取したものの、稲葉良通に攻め滅ぼされ、父子ともに自害して果てました。
本作ではそこまで描かれるのか、あるいはナレ死とされてしまうのか、注目したいと思います。
宿老追放は信長の慈悲だった?
覇道を征く信長と、唯一の理解者というお市。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
かくして宿老たちが追放された後、安土城の天守閣でたそがれる信長の元へ、お市(宮崎あおい)がやって来て言いました。
曰く「疑いだから追放で済んだ。確証が出て来たら、追放では済まなかった(≒死罪)」とか何とか。つまりこれは「追放は信長の慈悲だ」と言いたいのでしょう。
これに対して信長は「役立たずを追い出しただけだ。覇道の者に情けは要らぬ」的なことを言っていました。要するに「天下一統のため、非情にならざるを得ない兄(信長)を、妹(お市)だけは理解している」と言いたいようです。
しかし謀叛の疑い時点で罰していたら、それが冤罪だった場合にどうするのでしょうか。戦国時代に現代の法感覚を持ち出しても意味はありませんが、いくら戦国時代であっても疑惑だけで断罪していたら、それこそ誰もついて来なくなります。
戦国時代においても「疑わしきは罰せず」が、ある程度は適用されていたのではないでしょうか。
光秀が本能寺の変を起こした理由は?
織田家臣団の中で、光秀が最も信長に信頼されている模様。その心労は計り知れない。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
前回のラストで「本能寺の変まであと2年」と出て来たものの、今回はカウントダウンがなかったのは、何か意図があるのでしょうか。
さて、四国方面の交渉を任されていた光秀は、信長から「気が変わったので、四国の切取りは反故にする。長曾我部元親を納得させるよう説き伏せろ」と命じられます。
そこへ舞い込んだ旧主・足利義昭からの「信長を討て」という密書。光秀がどうしたものかと葛藤する様子が描かれていました。
近年の研究では、いわゆる本能寺の変(光秀の謀叛で信長が横死する事件)の理由は、信長の四国政策が原因と考えられています。
今まで四国方面の平定を任されていた光秀が、更迭されて秀吉の応援で中国地方へ行くよう命じられました。これを不満に思った光秀は、たまたま(いつもの如く?)油断し切って隙だらけだった信長を討った……というのです。
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第26回放送「信長を笑わせろ!」
第26回放送「信長を笑わせろ!」NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
大河『豊臣兄弟!』の新たな相関図が公開!次回7月5日放送「信長を笑わせろ!」あらすじ&場面写真信長(小栗旬)は、長宗我部元親(磯部寛之)との約束を翻し、労せずして阿波と讃岐を手中に収める。元親は激怒し、間を取り持った光秀(要潤)は苦しい立場に陥る。そんな中、信長は甥の信澄(緒形敦)が長宗我部と内通して謀反を企てていると疑い、蟄居を命じる。光秀から事の顛末を聞き、信長の苦しみを察した小一郎(仲野太賀)と秀吉(池松壮亮)。羽柴家一同である計画を立て、信長と市(宮﨑あおい)を長浜城に招く。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
信長が気まぐれに四国政策を覆したことから長曾我部元親が激怒し、光秀は板挟みとなってしまいます。また今回クローズアップされた織田信澄(緒形敦)が蟄居を命じられてしまいました。
とかく非情にならざるを得ない信長の胸中を察した羽柴兄弟が、信長とお市を長浜城に招待してホームパーティが行われるようです。
果たして小一郎と秀吉は、信長を笑顔にできるのでしょうか?……あれ、羽柴兄弟は中国地方で毛利と戦っているはずでは?いえいえ、激しい戦が続いているのですから、たまには息抜きも必要ですよね。来週も、楽しみに見届けましょう!
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