【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察

Japaaan

【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察

『光秀……信長を討て…討て…討て…』

「光秀…わしのもとに戻ってまいれ」、明智光秀(要潤)の脳内にリフレインするのは、懐かしい足利義昭(尾上右近)の声と、共に過ごした日々の姿。いよいよ『本能寺ゲージ』はMAXへと爆上がりしました。

NHK大河「豊臣兄弟!」第25回『変事の予兆』。早いもので、1年の折り返し(48〜50回放送予定)となり、いよいよ本格的に後半へと突入しました。

今回描かれたのは天正8年頃。

安土城の完成を祝う宴で繰り広げられた、近づく悲劇を匂わせるような背筋が凍るような、かつ「天下人の支配の終焉」を感じるような、不穏なエピソードが次々と展開しました。

満座の中で見せしめのように行われた老臣への粛清、家臣の絶望の叫び、お市(宮﨑あおい)だけが知る信長の孤独、大切な約束を突然反故にされた光秀の驚愕と怒り。

そのどれもが「天下一統」の実現を阻んだ……第25回『変事の予兆』で描かれた、禍根を残す“裏切り”の諸相を史実とともに考察してみました。

※「豊臣兄弟!」関連記事:

『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察

【豊臣兄弟!】右腕切断も恩賞はなし…秀吉の影武者・犬飼秀長が背負った過酷すぎる生涯

今でも心残りがある公方様との日々を思い出す明智光秀。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

安土で行われた「恐怖の相撲大会」

史実では、織田信長は無類の相撲好きで「逸材発掘」「権力誇示」の目的もあり、安土城下で大規模な相撲大会を催していたと伝わります。

ドラマの中では、まさかの「長年仕えた老臣排除の相撲大会」でした。

※関連記事:

【豊臣兄弟!】美少年・森乱(蘭丸)は実際に強かった!?「安土相撲大会」に隠された“権力誇示”の真実

信長は、最年長の家臣を指名し、若き近習・森乱(市川團子)を対戦相手としました。

最初は、皆、老臣VS新世代家臣の取り組みという “おもしろ好き”な信長らしい余興と捉えます。

「よっしゃ〜!」と気炎を吐く老臣に「若いもんにまけるな〜!!」と歓声を上げる家臣たち。

指名されたのは林秀貞(諏訪太朗)、佐久間信盛(菅原大吉)、安藤守就(田中哲司)という織田家を長年支え続けてきた3人ですが、森乱は、あっという間に投げ飛ばしてしまいます。(さすがは歌舞伎界のプリンス・市川團子さん、お見事な体幹の強さと所作の美しさでした)

そして、信長は負けた罰として問答無用で老臣らに「追放」を命じたのでした。

あまりの横暴さと残酷さに静まり返り「もしや次は自分か?」と恐怖に支配された宴席。

ついさっき、安土城建設の褒美で刀を拝領したばかりの丹羽長秀(池田鉄洋)でさえ、手がぶるぶる震えているほどでした。

この「相撲大会」は恐怖心を植え付けるには効果的がありましたが、逆に家臣を萎縮させモチベーションを下げた面もあるのではないでしょうか。

淡々と相撲で老臣を投げ飛ばす森乱。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

老臣リストラか謀反の気配への罰か

信長の行いが解せない秀吉(池松壮亮)は、光秀に探りを入れたところ、「佐久間信盛は本願寺、林秀貞と安藤守就は武田氏と通じている疑いがあった」といいます。

この一件、記録によると…

▪️『信長記』(太田牛一)には、「林秀貞・安藤守就は遠国へ追い払われた。その理由は先年信長公が大変だった時に野心を含んだためである」と記されているのみ。

▪️『織田信長譜』(林羅山)、『信長記』(小瀬甫庵)、『当代記』では、8年ほど前、信長が浅井・浅倉氏に囲まれ大変だった時期に、守就が武田信玄に内通したためと記されています。

▪️筆頭家老だった林秀貞は、信長の教育係で桶狭間の戦いなどで戦功を上げたものの、家臣団を刷新したい信長によるリストラという説がありますが、理由は不明です。

24年ほど前、織田信勝(中沢元紀)側について、信長に反旗を翻したことを蒸し返すのであれば、一緒だった柴田勝家(山口馬木也)も同罪のはずでしょう。(勝家はまだ「使えそう」だったが秀貞は「もう使えない」と判断したという説も)

▪️30年も信長に貢献した佐久間信盛は、安土城完成時にいきなり叱責の言葉を連ねた『19ヶ条の折檻状』を突きつけられました。その内容は『信長公記』に記されています。

何の功績も上げていない・調略のひとつもすべき……と、最初は仕事ぶりを非難しているのですが徐々に感情が昂ったようです。

言い訳ばかり・私服を肥やすばかり・親子共々武者の道を心得ていない・30年間何も活躍していない……など、数々の合戦で貢献したのにそれは認めず人格否定。最後は「どこかで討死するしかない」と、ブラック企業顔負けの言葉が続きます。

……というか、ネチネチくどい。「その時に叱責すればいいじゃないの」と思うことの書き連ねで、自分で自分の言葉に興奮して怒りを募らせている感じでした。

信盛は、何の弁解もせずに織田家を去って高野山へと向かったとか。

ドラマでは、佐久間信盛が去り際に秀吉に「本当に本願寺と?」と問われ、思わず何か言いたそうでしたがぐっと飲み込み、「どちらとも受け取れる」笑みを見せて去ったのが印象的でした。

労臣の意地を店用とする佐久間信盛。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

「信長には、真にすばらしき世を作ることはできぬ」

「武田と通じているなど言いがかりだ!」と怒りまくる義理の父・守就のため、小一郎(仲野太賀)は真実究明に乗り出します。実は、嫡男守就の嫡男・安藤定治(森優作)が武田家に内通していたのでした。

安藤定治に関しては史料がかなり少ないのですが、永禄10年(1567)に 父・守就とともに斎藤家から織田家の傘下に入ったようです。

『信長公記』によると、荒木村重が織田に謀反を起こしたとき、織田側は大軍で有岡城を包囲していますがそこに定治も布陣したそう。

ただ、安藤親子の追放は、ほかの史料でも「守就が武田信玄に内通した」とあり定治の名前は見当たらないとか。近年の研究では、この親子の追放は「内通」ではなく「信長の家臣の整理が原因」ともいわれています。

ドラマでは、定治は父に迷惑をかけたことを詫びつつ「疲れたのです。織田についてから戦いに明け暮れる日々じゃ」と言いました。

「戦い、戦い。こんな、こんな地獄の先に、真にすばらしき世があるのでございますか?織田信長には、そんな世をつくることなどできぬ」

このセリフはまるで現代社会にも通じるようでした。

「平和な世界を作るための戦い」……そんな理屈で行う戦いの先に、すばらしい世が待っているはずもなく、残るのは焦土と命の犠牲と環境や自然の破壊。

荒木村重の逃亡により、信長が行なった親族や家臣ら700人もの人が無惨にも処刑された先週回を思い出します。

定治の叫びは、処刑や懲罰の恐怖だけで人々をひれ伏す男の「天下一統」など成功するわけもないという、「本能寺の変」の布石に感じました。

謀反疑惑の責めをおい、家族に別れを告げる安藤守就(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

お市が謎解く「恐怖の相撲大会」の真実

そんな信長の相撲大会の真意を、お市(宮﨑あおい)が謎解きしました。

「確たる証があってからでは死罪は免れぬ。今なら追放で済みまする」と言うお市。

「役立たずの老臣など無用の極み。天下一統に情けなどいらぬ。血も涙もなき覇道の者、織田信長よ」

と、非常なことを言いつつ、目の光が消えている小栗信長。

口ではそう言いつつ、“情け”を捨てきれず矛盾や葛藤を抱える苦しみ、「誰にもわかるまい」という孤独感、その心情は、昔から「兄のことは口にださなくても何でもわかる」といっていたお市に見抜かれています。

少し罰の悪そうな「お前には見抜かれているか」というような複雑な表情。そこには、相撲大会のときの冷酷さは影を潜めています。

小栗旬さんのノブは、こういう微妙な心の動きや表情の複雑さが実に上手い。

以前のような絶対的魔王ぶりが消え、安土城の天守閣という下界を睥睨する場所に立っているのに、後ろ姿がとても寂しそう。

そんな信長の心情を汲み取るとともに、相撲の粛清で広まった「家臣らの不安や不信感」を取り戻し、民衆からの評判もあげ、織田家の威光を取り戻そうと賑やかな『馬揃い』を提案するお市。

(史実では、信長が『左義長』という小正月の火祭り行事の大評判に気をよくして「京都御馬揃えもやりたい!」と光秀に準備を命じたのですが)

※関連記事:

【豊臣兄弟!】本能寺の変1年前、織田信長が京都で見せつけたド派手すぎる軍事パレード『京都御馬揃え』とは?

お市、なかなかの参謀ぶり。信長亡き後、織田家の運命を握るキーパーソンはお市と思わせる切れ者ぶりでした。

孤独な兄の背中を見て「独裁は続かない……という危機感を察知した」ように感じました。

信長の心の奥が丸わかりなお市。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

憤怒に駆られ揺らぐ光秀に届いたあの人の手紙

そして「相撲大会」に続き、禍根を残すのが約束の“裏切り”。

四国を平定に対し意欲満々だった土佐国主・長宗我部元親(磯部寛之)。

けれども信長は、突然、「四国平定は認めん」と言い出し、「気が変わったのじゃ。うまく説き伏せよ」と光秀に命じました。

信長と元親の間で調整していた光秀は衝撃を受け込み上げる怒りを抑え込んでいた様子。そんな精神状態の光秀のもとに1枚の手紙が届きます。

そこには、『可討取信長候也』の文字と足利義昭(尾上右近)の花押が。

息が荒くなり鼓動が高鳴り震える光秀。公方様との楽しかった日々や思い出が脳裏に走馬灯のように浮かび上がります。

「光秀……信長を討て…討て…討て」「光秀…わしのもとに戻ってまいれ」と、公方様の声がリフレイン。

「やっぱり、あの人の元に戻りたい……やっぱり……好き…」と光秀が思ったかどうかはわかりませんが。

そんなメロドラマっぽい風情を感じてしまいました。要光秀の、常に憂いを帯びた雰囲気がそんな風に感じせるのかもしれません。

「本能寺の変」の理由については諸説あり、いまだに解明されていません。

「豊臣兄弟!」では、足利義昭黒幕説、長宗我部元親を裏切った説の両方を描くのでしょうか。

※関連記事:

『豊臣兄弟!』本能寺の変は“老い”が引き金だった?明智光秀を謀反へ追い込んだ「残り時間」という恐怖

「信長を討て」と公方様の声が響く。(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より

桜舞い散るお祝いの場面は半兵衛からの祝福かも

ちなみに、蜂須賀正勝(高橋努)が昔交わした秀吉との約束が15年ぶりに叶い龍野城主となった場面。

豊臣兄弟も、前野将右衛門長康(渋谷謙人)も、黒田官兵衛(倉悠貴)も、皆「いえ〜いぃ!」と少年漫画のりで大喜びするのがよかった。

お祝いでばら撒かれた桜の花びらが、竹中半兵衛(菅田将暉)が息を引き取り皆が囲んでいた場面を思い出します。

まるで、半兵衛がお祝いにこの場に訪れているようでした。

こういう楽しげな時は永遠には続かない……分かっているので、儚くも貴重なひとときが尊かったです。

『本能寺の変』まで、あと2年ほど。

※「豊臣兄弟!」関連記事:

『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察

【豊臣兄弟!】右腕切断も恩賞はなし…秀吉の影武者・犬飼秀長が背負った過酷すぎる生涯

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察」のページです。デイリーニュースオンラインは、豊臣兄弟!戦国時代本能寺の変大河ドラマカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る