終戦後にたった一度だけ課された恐怖の「財産税」!最大90%の重税が招いた資産家たちの“売却ラッシュ”
一度きりの重税
終戦直後の日本では、財産税という特別な税が一度だけ課されました。
これは昭和21年に草案が発表され、昭和24年に実施された臨時の税で、目的はインフレの抑制と国家債務の処理でした。
対象は国内の金融資産や不動産、骨とう品など、いわば金目のものすべて。戦後に日本が手放した地域の資産は含まれませんでした。
最高税率は90%で、資産1,500万円超の大資産家に適用されました。当時の物価を現在の百分の一とすると、1,500万円というのは現代価値で150億円規模になります。
これによって財閥家や華族、東京の大地主は壊滅的な打撃を受け、旧岩崎邸や旧古河庭園などの広大な邸宅も公有地として没収されました。
財産税は大資産家だけでなく、中堅層にも重くのしかかりました。資産100万円超(現在価値で約一億円超)の人でも70%の税率が課され、町に不動産を持つ程度の人でも対象となったのです。
このため、社会全体に強い不安が広がりました。
売却ラッシュ財産税の課税基準日は昭和21年3月3日でしたが、草案はその二か月前に発表され、さらにその前から噂が広がっていました。
そのため資産家たちは、急いで資産を売却し始めます。
現金なら隠せますが、不動産や預貯金は隠せません。特に預貯金は凍結されていたため、不動産を売るしかありませんでした。「税で取られるくらいなら、少しでも高く売って現金化したい」という心理が働いたのです。
そのためこの時期、貸家の家主が借家人に「家を買わないか」と持ちかける例が相次ぎました。
資産の半分以上を税で失うより、売却して現金に変える方が合理的だったためです。
こうした動きは全国で見られ、財産税の実施前後には不動産市場が大きく揺れ動きました。
「逃げ切り」を狙った資産家による売却ラッシュは、財産税がいかに強烈な負担だったかを物語っています。
明暗の分岐GHQによる占領下での財産税は資産家にとって悪夢のような制度でしたが、一方で恩恵を受けた人もいました。
売却ラッシュによって不動産価格が一時的に下落し、借家人などが比較的安い価格で家を購入できたのです。
財産税は社会全体に混乱をもたらしましたが、その影響は一様ではなく、資産家と庶民の間で明暗が分かれる結果となりました。
財産税は一度きりの制度であり、戦後の混乱期を象徴する出来事です。
しかしこれは戦後のGHQによる財閥解体や、貧富の差を無くそうとする社会実験の一環でもありました。
参考資料:
大村大次郎『脱税の日本史』宝島社、2024年
画像:PhotoAC,Wikipedia
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