世界で“japan”と呼ばれる日本の漆工芸、9000年前の縄文時代にすでに技巧の基礎は完成していた!
艶やかな漆(うるし)の工芸品は、木などの素材にウルシの樹液を塗料として塗ったものです。身近なところでは、毎日使う汁椀や箸、正月用のお重など。さらには美術館に並ぶ絢爛豪華な金蒔絵(きんまきえ)や螺鈿(らでん)の調度品、大名道具にいたるまで、さまざまな場面で私たちの目を楽しませてくれます。
世界で「japan」と呼ばれる漆の文化。その始まりは縄文時代にあり、当時すでに現代に通じる技術が確立していました。
マリー・アントワネットは漆工芸品のコレクターだったこの美しい日本の漆工芸品に魅了され、熱心にコレクションしたのが、フランス王妃マリー・アントワネットをはじめとするヨーロッパの王侯貴族たちでした。
きっかけは桃山時代、日本にキリスト教の布教にやってきたヨーロッパ人が、日本の漆工芸品の美しさに驚嘆し、それらを自国へと紹介しました。それがまたたく間に評判となり、以降、ヨーロッパ人の好みに合わせた家具や日用品が次々と作られ輸出されました。
当時のフランスでは、日本を含めたアジアの文化を取り入れた「シノワズリ(中国趣味)」が大流行していました。中国の磁器が「china(チャイナ)」と呼ばれたのに対し、日本の漆工芸品は「japan(ジャパン)」として絶大な人気を博したのです。
それを物語るように、パリのルーヴル美術館をはじめとする日本のコレクションには、マリー・アントワネットが収集した数々の漆工芸品が含まれています。
彼女は、母であるオーストリア・ハプスブルク家の女帝マリア・テレジアから50点もの漆工芸品を相続し、その魅力に取り憑かれ、自身も熱狂的なコレクターになったのです。
漆に金銀の粉で華麗な文様を描いた金蒔絵や、虹色の貝殻をはめ込んだ螺鈿など、贅を尽くした漆工芸品を、彼女は宮殿の自室に飾って日々愛でていたといわれています。
定説を覆す?縄文時代の高度な漆技術ヨーロッパでこれほど漆工芸品に注目が集まった理由の一つは、ウルシの木がアジア以外では育たず、西洋の人々にとっては「未知の素材」だったからです。
そんな漆工芸の起源は、長年、約7000年前の中国・浙江省(せっこうしょう)の遺跡とされ、その技術が日本列島へと伝わった可能性が高いと考えられてきました。
ところが近年、この定説を揺るがす大発見がありました。北海道函館市の垣ノ島(かきのしま)遺跡から、約9000年前の縄文時代のものとされる漆塗りの副葬品(装飾品)が発見されたのです。これが世界最古の漆工芸品である可能性が浮上し、日本独自の起源説も語られるようになりました。
また縄文時代の早い時期の福井県や山形県などの遺跡からは、漆塗りの木製の器や、漆を塗り重ねて幾何学文様を描いた土器、さらには巻貝を螺鈿のようにあしらったものまで見つかっています。
是川石器時代遺跡 木胎漆器出土状況 出典:JOMON ARCHIVES ・八戸市教育委員会
これら漆工芸に使われるウルシは、本来、日本列島には自生していなかった外来種のウルシの木から採取したと考えられています。縄文人はそのウルシの木を管理・栽培し、計画的に樹液を利用していたようです。
漆は縄文時代は祭祀用の土器や弓、櫛などに用いられ、時代と共にその利用は広がり、やがて仏具や仏像、城などの建築にも使われるようになりました。
今に続く変わらぬ手間暇漆工芸品を作るには、気の遠くなるような手間と時間がかかります。まずはウルシの木に傷をつけ、一滴ずつ樹液を採取することから始まります。
集めた樹液を熱しながら撹拌(かくはん)し水分を蒸発させ、そこにベンガラや水銀朱を混ぜ合わせることで、あの色鮮やかな「赤色漆」が誕生します。
これらの工程を正確に踏まなければ、漆独特の艶や発色は生まれません。縄文時代の漆工芸品が今なおその美しさを保っていることは、現代とほぼ変わらない技術で作られている証拠です。
また縄文時代には、ウルシは塗料としてだけでなく、優れた「接着剤」としても活躍していました。割れてしまった土器をウルシで綺麗に修復した痕跡も数多く見つかっています。
現代に息づく伝統技巧の基礎は、すでに縄文時代に完成していたといえそうです。近年では安価なプラスチック製品などに置き換わった部分もありますが、今、改めてそのサステナブルな価値や手触りの温もりが再評価され、活躍の場を広げています。
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