『豊臣兄弟!』に千利休の弟子「利休七哲」は登場する?古田織部・細川忠興・蒲生氏郷ら戦国武将と茶の湯 (2/3ページ)
古田織部) 細川忠興(ほそかわ ただおき。ガラシャの夫) 前田利長(まえだ としなが。利家の長男) 牧村利貞(まきむら としさだ。牧村兵部)
※五十音順。
彼らが挙げられた理由は利休の孫である千宗旦(そうたん)が評したからだそうですが、どういう基準があったのか、興味深いですね。
後に宗旦の子(利休の曾孫)である江岑宗左(こうしん そうざ)が記した『江岑夏書(こうしんげがき)』では「利休弟子七人衆」として、前田利長を瀬田正忠(せた まさただ。瀬田掃部)と入れ替えていました。
その後も人や著作によってさまざまに入れ替えられ、例えば江戸時代後期に出版された『古今茶人系譜』では織田長益(ながます。信長弟の有楽斎)や荒木道薫(あらき どうくん。村重/トータス松本)、また千道安(どうあん。利休の長男)などが挙げられています。
他にも有馬豊氏(ありま とようじ)や金森長近(かなもり ながちか)が加えられることもありましたが、いずれにしても後世の創作に過ぎず、もはやどんな基準で挙げたのかすらわかりません。
こんな事情により、利休七哲と言いながら実際には10人以上(一説には15人)がノミネートされてしまったのでした。
ちなみにどの説や文献においても必ず利休七哲に入っているのは、蒲生氏郷と細川忠興だけです。よほど茶の湯に精通していたのでしょうね。
また蒲生氏郷・細川忠興に芝山宗綱を加えた3人を「利休門三人衆」と言うそうですが、これもまた後世に創作されたものに過ぎません。