朝ドラ「風、薫る」りんを巡る三角関係の予感?横沢公輔(井上祐貴)とシマケン(佐野晶哉)の決定的な違い

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朝ドラ「風、薫る」りんを巡る三角関係の予感?横沢公輔(井上祐貴)とシマケン(佐野晶哉)の決定的な違い

「異議あり!問題あり!」
突然、クセの強い登場をした、新潟編の新しい登場人物、横沢公輔(井上祐貴)。

明治23年(1890)に帝国大学医科大学付属第一医院を退職し、新潟の「高越女学校」の“舎監”として働くようになった、一ノ瀬りん(見上愛)ですが、早くも半年が経ったようです。(りんの、オン・ザ・眉のパッツン前髪が伸びているのに時間の経過を感じますね)

あめ屋『ささがわ屋』に並ぶ行列を無視して先頭に割り込むという、せこい大地主の羽田(西堀亮)に、思わず「先にこの人が並んでいます」と咎めたりん。

「それがどうした」と開き直る地主に、横沢は「異議あり!問題あり!」と助け舟を出しました。

高越日報の新聞記者を名乗る横沢。シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)も東京明光新報に務めています。

両者とも公式発表はないものの、りんのモデル・大関和に関わった男性として、元新聞記者で社会運動家であった実在の人物・木下尚江がモデルでは?と推測されているのですが……。

東京明光新報のシマケンはあくまでも小説家志望なので書評も手がけます。一方、高越日報の横沢は、常に情報を張り巡らせジャーナリストとしての使命に燃えている様子。

りんを巡るライバル関係にもなりそうな、新聞社務めの二人を比較しつつ、明治時代、重要な情報伝達ツールだった「大新聞」と「小新聞」について調べてみました。

警察も役人も文句が言えない大地主に対して、いきなり痛快なダメ出しをする横沢。(NHK「風、薫る」公式「X」より)

※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。

新聞社の活字工だったシマケン

思い返せば、シマケンが登場したのは、第3週『春一番のきざし』の週。舶来品店で働くりんが、外国人客の言葉を理解できず困っていたところを助けたのがシマケンでした。

丸メガネにボサボサヘアで書生風のシマケンは、流暢にフランス語を話しました。「生きる上で役に立たない言葉を知るのが好きだ」と語る彼は、東京明光新報という新聞社の「活字拾い」でした。

「活字拾い=活字工」とは、活版印刷においてひとつひとつ文字が書かれた金属製のスタンプのようなものを、文章に基づいて、必要な活字を選びだす仕事です。

明治維新以降、日本が西洋の活版印刷技術を積極的に取り入れたため印刷技術も急速に発展。活字工は、この時期に必要不可欠な職業となったのです。

日本語はひらがな・カタカナ・漢字・英字・数字と文字の種類が多く、文字ごとにサイズ違いなどもあるため、繊細かつ集中力が求められ、何よりも「文字」や「言葉」が好きでないと務まらない仕事。

その両方を愛するシマケンにはぴったりなのですが、本人はあくまでも小説家にこだわっていましたね。

活版印刷で使用する『活字』photo-ac.

新聞記者としてデビューしたシマケン

ある日、東京明光新報の綿貫編集長(小松和重)から「活字工から新聞記者にならないか」とオファーされます。

けれども「小説家になりたい」のがシマケンの夢。

新聞記者なら、君の原稿はいつでも載せられる。記者を仕事にして、小説は家で好きに書けばいい。」と言われ悩みます。

細々と誰も読まない小説を書き続けるか、新聞記者となり人々が読む記事を書くか。

悩んだ結果、シマケンはりんの働く病院に入院した女郎の心中未遂事件を新聞記事として執筆した結果、大反響を呼びます。

「続編」を書き遊郭の問題を世間に訴えるべきだと言われて、ためらうシマケンに「こんな記事1つ書けずに書けんのか?小説が?」と綿貫から発破をかけられるのでした。

先の見えない夢を追うか・生活のために現実を選ぶか……シマケンの苦悩は身につまされましたね。

「新聞記者なら、君の原稿はいつでも載せられる。」と言われ悩むシマケン。NHK「風、薫る」公式「X」より

政争の武器として政治議論中心の「大新聞」

ジャーナリズムとしての「新聞」が登場したのは、幕末の黒船来航〜明治初期頃です。

そして、大きく「大新聞」「小新聞」と呼ばれる二つのジャンルに分かれ、明治7年(1874)頃には、それぞれの差が明確になりました。

最初に、勢力を持ったのは「大新聞」でした。「大新聞」は、政治議論を行うことを目的として編集する、いわば政争の武器としての新聞です。

たとえば、明治5年(1872)前島密らによって創刊された『郵便報知新聞』、明治7年(1874)創刊の『朝野新聞』などが代表格になります。

自由民権運動の高まりとともに、政党の機関紙的な役割を担う新聞も多く、漢文調で読者は知識層やインテリ層が中心でした。

「郵便報知新聞」「朝野新聞」は、自由民権派の立場で、国会の開設や憲法制定などを求めて政府を批判する新聞。

かたや、現在の毎日新聞の初代である『東京日日新聞』などは代表的な官権派(政府側)でした。

1879年6月7日の「朝野新聞」の紙面。wiki

挿絵も多く文章も読みやすかった「小新聞」

明治7年ごろからは、「大新聞」に対して「小新聞」が登場します。「大新聞」と比べると、値段も大きさも半分ほどでした。(大新聞は50〜70銭、小新聞は20銭ほど)

さらに大きく異なったのはその内容です。堅く難しい文章で政治を語る「大新聞」と比較すると、「小新聞」は、日常のニュース・心中事件・人情話などが中心。

政治に対しても風刺を効かせたネタなどで、誰でも気軽に読めるようにと、漢字にはルビがふられ文章もわかりやすく書かれた記事が中心でした。

明治7年(1874)に創刊となった『読売新聞』は「小新聞」の代表的なものでした。

また、明治8年(1875)創刊の『平仮名絵入新聞』『仮名読新聞』『浪花新聞』、明治12年(1879)創刊の『朝日新聞』などがあります。

「小新聞」は文章が読みやすいだけではなく、挿絵が多かったのも特徴です。

『仮名読新聞』を読む女性。月岡芳年画 wiki

生きている人々の声を伝えた「小新聞」

実際に、「小新聞」で人気だったという心中事件の記事。

思い出すのは、前述のシマケンが東京明光新報に書いた女郎の夕凪(村上穂乃佳)の心中事件の記事と、『娼妓解放とは名ばかりか』という論説です。

当時、政府は名前ばかりの芸娼妓解放令を出したものの、法令としては機能せず、女郎たちの状態はほぼ変わらないのが現状でした。

シマケンの論説では、女郎の「夕顔」が、幼馴染の姿や二人で生きる人生を思い浮かべては打ち消し、どこにも居場所がない様子などが表現され、論説というよりも、まるで小説のような内容。

自由廃業になったところで行き場がない……そんな「夕顔」の悲しみが伝わる記事は世間では大反響でしたね。

シマケンの記事で世間の注目を集めることになった病院は、最初は「女郎は後だ!」と差別していたのに「しっかり回復させるように」と態度を豹変」。

周囲の人々からは「頑張って」と温かい声をかけられるようになりました。

結果的に、シマケンは文章で夕凪を助けることに繋がりました。それがわずか一人でも。

シマケンが記事を書いた東京明光新報は、「大新聞」のように、政治論争新聞ではなく、今ここで生きる人々の嘆きや苦痛の声を読者に伝える「小新聞」だったのではないでしょうか。

庶民の間で起こる出来事だからこそ、庶民が読んで共感したり憤慨したりができる。

「小新聞」は「大新聞」よりも売れていきました。

その後、自由民権運動の衰退とともに「大新聞」は政治論では読者を引き付けられなくなります。とはいえ、日常の記事だけでは飽きられるし、物足りない。

そこで、政治や経済とともに娯楽面も取り入れた「中新聞」化が進んでいったのでした。

『娼妓解放とは名ばかりか』で、世に問題を投げかけたシマケン。NHK「風、薫る」公式サイトより

「金持ち優遇」に対し怒りに燃える新聞記者・横沢

一方、高越日報の新聞記者を名乗る横沢公輔。りんとお茶を飲みながら
「自分も信州から来たよそ者」で、新潟は「民権運動が盛んな土地だから来た」と語っていました。

さらに、「明治政府の国会開設に向けた国会議員選挙の選挙権はおかしい。15円以上納税した者にしか選挙権を与えないのは理不尽だ」と、「金持ち優遇」の世の中に熱く怒っていました。

横沢は熱い魂の持ち主のようで、初対面のりんにも臆することなく自分が正しいと思ったことに対しては熱弁を振るうタイプのようです。(横沢が『べらぼう』松平定信を彷彿する!と記事にまでなってましたね。「黄表紙」を熱く語る定信のようでした。)

「高越日報」がどのような系統の新聞なのかはまだ不明です。

横沢公輔のモデルでは?といわれている木下尚江は、ちょうどりんのモデル・大関和が高田女学校の舎監として働いていた明治23〜24年頃(1890〜1891)は、松本にて地元のローカル紙『信陽日報』の記者をしていました。

けれども、政治的な主張が強く読者の反感を買い退社。その後、弁護士の勉強をしながら「廃娼運動」をしていました。

原案の伝記小説では、尚江は和が「廃娼演説会」に参加したときに出会い「同じ運動に関わる同士として文を交換しましょう」と申し出ました。

積極的に和に声をかけたという尚江は、言いたいことを飲み込んでしまうシマケンよりも、グイグイ接近してくる公輔のほうがキャラは近い感じですね。

いきなり「握手を迫る」横沢に、ちょっと引き気味のりん。NHK「風、薫る」公式サイトより

最後に……

積極的で富裕層や政府を批判し熱く語るジャーナリストという感じの横沢公輔は、「大新聞」の政治系新聞記者というイメージ。

かたや、書評の仕事をしつつも小説家の夢は捨てず黙々と書き続けるシマケンは、市政の人々の日常に目を向ける「小新聞」新聞記者というイメージ。

……なんて、同じ新聞社勤めということで、なんとなく横沢VSシマケンに、明治時代の「大新聞」VS「小新聞」のイメージを重ねてしまいました。

今後、公輔との関係はどう描かれていくのかはまったく今のところは不明です。

ただ、実際、大関和は誰とも再婚せずに看護の道を邁進していくので、りんと横沢公輔が結ばれるというパターンはないかもしれませんね。(シマケンは『おじさん』になってしまいましたし)。

この先の展開が楽しみですね。

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