村上水軍を率いた戦国武将!幼い弟を支え、共に海へ散った得居通幸の波乱に満ちた生涯

Japaaan

村上水軍を率いた戦国武将!幼い弟を支え、共に海へ散った得居通幸の波乱に満ちた生涯

戦国時代の合戦と聞いて、多くの方は地上戦を思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし合戦は海でも繰り広げられており、全国各地で水軍衆が活躍していました。今回はそんな水軍衆の一人・得居通幸(とくい みちゆき)を紹介したいと思います。

果たしてどんな人物で、どんな活躍をしたのでしょうか。

※合わせて読みたい!:

英語だと思ってた…船乗りの「ヨーソロー!」は村上水軍の時代から続く日本語。語源は何?

戦国時代の海戦で活躍!海上専門の戦闘集団「水軍」はどんな船でどのような戦いを繰り広げたのか?

幼くして家督を継いだ弟を支える

来島通総(画像:Wikipedia)

得居通幸は弘治3年(1557年)、来島通康(くるしま みちやす)の長男として誕生しました。

父の通康は瀬戸内海で暴れ回った村上水軍の一族で、独自の水軍(来島村上氏)を率いています。

その家督は嫡男である弟の来島通総(みちふさ)が継ぎ、通幸は得居家へ養子入りし、その家督を継ぎました。

ただし永禄10年(1567年)に父の通康が亡くなり、通総が家督を継いだのはわずか7歳と幼かったため、通幸が弟を補佐したと言います。

とは言え通幸も当時まだ11歳ですから、実際には家臣たちが政務を取り仕切っていたのでしょう。

成長した通幸は伊予国の戦国大名である河野通宣(こうの みちのぶ)・河野通直(みちなお)に仕え、天正6~8年(1578~1580年)ごろに鹿島城主となりました。

鹿島城は伊予国北条沖の鹿島(愛媛県松山市)に築かれており、海上警備所のような性質を有していたようです。

通幸は家臣たちをことごとく鹿島へ渡らせ、瀬戸内海の警備に眼を光らせていました。

河野・毛利の猛攻撃を耐え抜く

鹿島城に立て籠もり、徹底抗戦(イメージ)

しかし天正10年(1582年)4月、中国攻略に当たっていた羽柴秀吉の調略によって、弟で来島村上氏の当主であった通総とともに河野氏から織田信長へ鞍替えします。

この裏切りに憤った家老の村上吉継(よしつぐ)・村上吉郷(よしさと)らは来島村上氏から離反し、河野氏そして毛利氏とともに来島村上氏を攻め立てました。

能島(のしま)村上氏の村上武吉(たけよし)・村上元吉(もとよし)が尖兵となって猛攻撃を加えますが、通総はこれを1年近く持ちこたえます。

しかし天正11年(1583年)3月になるとついに通総が敗走して秀吉の元へ駆け込み、攻撃の矛先が通幸へ向けられるようになりました。

通幸は孤立無援の中で懸命に防戦し、約半年が過ぎた8月になると、攻撃がやんだようです。

降伏や逃亡した記録はないため、通幸が鹿島城を守り抜いたと考えてよいでしょう。能島村上氏・河野氏・毛利氏ら連合軍を相手に戦い抜いた通幸の大殊勲と言えます。

秀吉の水軍衆として活躍

秀吉の水軍を率いて活躍(イメージ)

その後は毛利氏と秀吉が和睦したことで通幸は本領を安堵され、また通総も帰国が実現しました。

天正13年(1586年)8月に羽柴秀長が総大将となって四国征伐に乗り出すと、通幸らはかつての敵であった毛利氏の小早川隆景・吉川元長(きっかわ もとなが)らを先導して伊予方面から攻め込みます。

そして凱旋後の論功行賞では主君の通総に1万4千石、通幸は3千石が与えられました。

その後は秀吉の船手衆(水軍衆)に組み込まれ、九州征伐や小田原征伐に参陣して、秀吉の天下一統を見届けることになります。

しかし文禄の役(第一次朝鮮征伐)において、李氏朝鮮水軍との合戦で討ち死にしてしまいました。時に文禄3年(1594年)1~2月、享年38歳でした。

通幸には男児がいなかったため、その遺領は弟の通総が相続したそうです。その通総も慶長2年(1597年)に同じく朝鮮水軍との合戦で討死しています。

終わりに

今回は瀬戸内海で水軍衆を率いて活躍した得居通幸について、その生涯をたどってきました。

幼少期から助け合って生き抜いてきた兄弟が、海の上で戦いに果てていく最期は、実に胸が熱くなるものです。

水軍衆として活躍した戦国武将は他にもいるので、また改めて紹介したいと思います。

※合わせて読みたい!:

英語だと思ってた…船乗りの「ヨーソロー!」は村上水軍の時代から続く日本語。語源は何?

戦国時代の海戦で活躍!海上専門の戦闘集団「水軍」はどんな船でどのような戦いを繰り広げたのか?

※参考文献:

桑田忠親『太閤家臣団』新人物往来社、1971年1月 森本繁『村上水軍全史』新人物往来社、2007年12月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「村上水軍を率いた戦国武将!幼い弟を支え、共に海へ散った得居通幸の波乱に満ちた生涯」のページです。デイリーニュースオンラインは、河野通直河野通宣来島通総来島通康村上武吉カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る