『豊臣兄弟!』後半の鍵を握る「浅井三姉妹」茶々・初・江——秀吉に翻弄された波乱の生涯

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『豊臣兄弟!』後半の鍵を握る「浅井三姉妹」茶々・初・江——秀吉に翻弄された波乱の生涯

大河ドラマ「豊臣兄弟!」も後半に入り、これから登場してくる九人のキャストの扮装が発表されました。

いよいよ、本格的に天下取りの時代に入ったのを実感します。

今回、出揃ったのがあの浅井長政(中島歩)とお市(宮﨑あおい)の娘たち『浅井三姉妹』です。

戦国時代の三姉妹といえば、誰もが彼女たちを思い浮かべるといっても過言ではないでしょう。

この三人姉妹は、母・お市のように強く毅然と乱世を生き抜きます。そんな三姉妹の簡単なプロフィールをご紹介しましょう。

後半、この三姉妹の活躍を見守るうえでのお供になれば幸いです。

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「浅井三姉妹」/左:茶々(井上和)・中央:初(田牧そら)・右:江(西川愛莉) (写真:NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)

「男に生まれ戦いたかった」お市の血を継ぐ長女

まずは、先頭を切って第30回『清洲会議』の予告に登場したのは、長女の茶々(井上和)でした。

前回、「『豊臣兄弟!』茶々=悪女はほぼ創作?……茶々(井上和)の壮絶すぎる生涯」という記事で、印象深い幼少期のシーンを振り返りつつ、「なぜ秀吉は茶々を側室に選んだのか」などをご紹介しているので、ぜひそちらもご覧ください。

茶々の母・お市は、信長が「男子であれば優秀な武将になっていただろう」といったという逸話があるほど、豪胆さや鋭い判断力を持っていたと伝わる女性です。

「豊臣兄弟!」ドラマでは、この逸話を表現したシーンがありましたね。

本能寺の変の直前、「お前が男だったならば」と、うっかり口にして「しまった」という表情をした信長。自分には叶えられない兄の本音……「絶対に言ってはいけない」言葉でした。

一瞬傷ついた表情を浮かべつつ部屋を去っていくお市の姿は胸が痛みました。

以前、お市は小一郎(仲野太河)に「男に生まれたかった。周りの男共が元服し初陣を飾る度、いつも羨ましく思うて来た。」と本音を漏らしていました。

茶々はそんな母の思いを引き継ぎ、“自分が守るべきもの”を守るため、毅然として果敢に戦う女性として描かれるのではないでしょうか。

他の大河ドラマや映画などでも、茶々の女武者姿は評判です。(ただ、今回の大河は秀長が主人公なので、秀長没後の茶々は描かれるかどうかはわかりません……)

第30回 「清須会議」で初登場 する、長政と市の娘、浅井三姉妹の長女・茶々(井上和)(写真:NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)

姉妹愛を重んじ嫁ぎ先を栄えさせた次女・初

浅井家三姉妹の次女・を演じるのは田牧そらさん。20歳という若さですが、生後半年からモデル活動を開始、幼い頃から子役としてさまざまな作品に出演しています。

史実での初は、永禄13年(1570)生まれと推測されています。姉の茶々とは1歳違い。

父が自害したときはまだ0歳だったため、父の胸に抱かれたことはあっても、その面影や胸の温かさを記憶に刻むことはできなかったでしょう。

母・お市と姉妹とともに織田信長の弟・信包(伯父とも)に保護され、その後、柴田勝家と再婚した母・お市とともに福井城に転居。けれども『賤ヶ岳の戦い』で勝家は秀吉に敗れ、北ノ庄で自害……姉妹ともにまた親を失い秀吉の庇護下に入ります。

長政と市の娘、浅井三姉妹の次女・初(田牧そら)(写真:NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)

夫とは夫婦仲がよく血縁の子女教育に熱心

初は、天正15年(1587)18歳頃のときに秀吉の計らいで、7歳年上の京極高次へ嫁ぎます。

高次は、浅井長政の姉・京極マリアの長男でお初とは従兄弟同士。小谷城で生まれているので幼馴染でもありました。

京極高次は、本能寺の変の折には明智光秀に味方をするなど、先見の明がある武将とはいえなかったようです。

けれども、高次の妹・竜子が秀吉に気に入られたり、妻・初のおかけで大名として出世したりなどで、「女性のお尻が光って出世した『蛍大名』」などという不名誉なあだ名をつけられてしまいます。

そんな初と京極高次の夫婦仲はとてもよかったとか。二人の間に子供は授からなかったものの、初は側室の息子を引き取り京極家の嗣子として育てます。その子・のちの京極忠高はお初を誰よりも慕っていたそうです。

左:京極高次/右:常高院(浅井 初)wiki

姉妹愛を重んじ嫁ぎ先を栄えさせた初

慶長5年(1600)の『関ヶ原の戦い』では、京極家は東軍へ与し大きな功績を挙げ徳川家康に認められます。けれども、慶長14年(1609)夫・高次は47歳の若さで亡くなってしまいました。

お初は出家して、常高院と名乗ります。この頃から、姉の茶々がいる豊臣家と、妹・江が嫁いだ徳川家(江は家康の嫡子・秀忠と結婚)との関係は悪化。

慶長19年(1614)には『大坂冬の陣』が勃発します。

初は家康に依頼されて、徳川・豊臣両家の仲介役となり一旦は和睦となるも、翌年慶長20年(1615)『大坂夏の陣』で、再び両家は対立。

初は大坂城へ入り、最後まで和睦に尽力するも姉・茶々は従わず大坂城は落城しました。

徳川家の天下となると、初は、江と秀忠の四女・初姫を、京極家の当主となった自分の息子・京極忠高に嫁がせました。

初は、京極家に徳川家の血を入れお家の安定を図ろうとしたようです。ところがなぜか、初姫と忠高の夫婦仲は非常に悪かったそうです。

寛永7年(1630)に初姫が亡くなった際、忠高は臨終の席にも来ずに相撲見学に興じていたと伝わります。

これには当然ですが、初姫の父・徳川秀忠の怒りを買い、忠高は初姫の葬儀への臨席を許されませんでした。

寛永10年(1633)、初は浅井三姉妹のなかでは一番長生きし、64歳で永眠しました。

京極忠高像(清滝寺蔵)wiki

冷静で穏やか、愛情深い初

さまざまなエピソードがたくさん存在する姉・茶々や妹・江と比較すると、初に関する資料や記録も少ないようです。

伝わる話を総合すると……

・一番冷静で穏やかな調整役
・実子はないのに親戚の子女を積極的に養子にした愛情深さ
・遺言状で弟・浅井井頼を気にかける記述が残っていたり、大坂の陣では姉の説得に尽力したりなど家族思い

などの人物が浮かび上がります。

嫁ぎ先の京極家の繁栄を成しえたと言っても過言ではありません。

夫が侍女を妊娠させ、それを隠すために家臣・磯野信隆に預けたという話もあります。『磯野家由緒書』には「嫉妬に狂った初が子の殺害を企んだ」と記されているそうですが、根拠は不明です。

その逆に、侍女たちから人望があり非常に優しい女性で、初が亡くなったとき、侍女数人が一斉に剃髪して尼になったという逸話もあります。

ちなみに、浅井三姉妹の大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で、初は水川あさみさんが演じていました。夫・京極高次(斎藤工)に一目ぼれ、関ヶ原の戦いでは勇ましく高次とともに西軍と戦う姿も描かれました。

柔らかく愛らしい雰囲気の田牧そらさんが、芯の強い次女・初をどう見せてくれるのか楽しみですね。

関ヶ原の戦い(一部)月岡芳年 public domain

秀吉に振り回された人生・三女の江

大河ドラマでも取り上げられることが多い、三女・こと崇源院

姉二人より4歳ほど年下です。江を演じる西川愛莉さんも姉役の二人とは同じくらいの年齢差があります。

まだ16歳の西川さんは、2022年に「東宝シンデレラ」オーディションにて審査員特別賞を受賞以来、現在までにドラマや映画などで活躍しています。

江といえば、大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で主役の江を演じた上野樹里さんのイメージが強いもの。天真爛漫・活発で疑問は追求する行動力のある女性でした。

まだ幼さの残る愛らしさの中にも利発そうな雰囲気がある西川さんが、新しい次世代・江を見せてくれるのが楽しみですね。

史実での江は天正元年(1573)生まれ。小谷城で生まれたとも母・お市と姉たちが長政の死後、織田家が引き取ってから生まれたとも伝わります。

江は養父・柴田勝家と母・お市を失った後、豊臣秀吉の養女となります。そして秀吉の都合で(織田信雄の命令とも)尾張大野城主で従兄弟の佐治一成と結婚。

しかしながら、天正12年(1584)『小牧・長久手の戦い』で秀吉と家康が火花を散らす関係になったとき、佐治一成は家康が三河に帰国する際に船を提供し、秀吉の逆鱗に触れます。

秀吉は「姉の茶々が病気」と偽り江を呼び戻し、そのまま強引に離婚させたと伝わります。(諸説あり)

長政と市の娘、浅井三姉妹の三女・江(西川愛莉)(写真:NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より)

二度、三度と結婚させられた江

さらに、史実の江には悲劇的な運命が。

強引に離婚させられた後、翌年の天正13年(1585)、12歳で、今度は秀吉の姉・ともの次男で秀吉の甥・羽柴小吉秀勝と結婚させられます。

二人の間には娘・完子を授かりましたが、秀勝は朝鮮出兵時に24歳という若さで亡くなってしまいました。

次に江は、またまた秀吉の都合で三度目の結婚をさせらます。

まったく、戦国時代とはいえ「女性の人生をなんだと思ってんだ!」と言いたくなるほど。

三度目の夫は、険悪な関係だったものの調和した徳川家康の嫡男・徳川秀忠でした。秀忠は天正7年(1579)生まれなので江より6歳ほど年下でした。

秀吉は、江と秀忠の間に娘ができたら、自分と茶々との間にできた豊臣秀頼と結婚させ、徳川家を取り込む腹づもりだったと伝わります。

江は、再再婚にあたり、羽柴小吉秀勝との間にできた娘・完子を連れて行きたいと願い出るも、秀吉はそれを許さずに茶々に養育させます。

猿、江の人生をなんだと……。

徳川秀忠像松平西福寺蔵 wiki

徳川の勝利でやっと穏やかな人生に

徳川秀忠に嫁いで3年後に秀吉が亡くなり、『関ヶ原の戦い』が勃発、徳川軍が勝利を収めて一気に勢力を拡大させました。

江もようやく江戸城の女主人となり、2男5女の合計7人の子に恵まれました。

嫡子の徳川家光はのちに江戸幕府三代将軍となりますが、徳川将軍の生母となった正室は江だけです。

家光が生まれたことで江もやっと落ち着いた人生を手に入れました。そして、寛永3年(1626)江戸城西の丸にて息を引き取ります。享年54でした。

江は、自分が死んだらすぐ火葬にするように申し伝えていたとか。家族が集まる前に自分の遺体が腐敗するのを恐れ見せたくなかったといいます。

江にはいくつか逸話が残っています。

・病弱で容姿もすぐれない家光より、容姿端麗な次男・忠長を可愛がり、家光は自殺未遂まで追い込まれた
・家光の乳母・春日の局はそんな江を嫌っていた
・夫の側室は許さなかった
など、穏やかではない逸話です。

お市は江だけに「浅井家と織田家の血を絶やさぬよう」という遺言を残したそう。

江は必死にそれを守って生きようとし、周囲から反感を買いがちだったのかもしれません。

豊臣秀勝との娘の完子は公家の九条忠栄に嫁ぎ、4男3女に恵まれます。その次男・道房の家系は、大正天皇の妻となった貞明皇后へと続くことになったのでした。

徳川家光肖像(德川記念財団蔵)wiki

最後に……

知勇に優れ子煩悩だった父・長政と美しく聡明だった母・お市。

仲睦まじい両親の間に生まれた浅井三姉妹は、父が亡くなるまでは幸せな幼少期を過ごしていたのでしょう。

父の死後は三者三様に激動の人生を送りました。そのいずれにも関わり彼女たちの人生に大きな影響を与えたのが秀吉です。

「豊臣兄弟!」では、三姉妹と秀吉がどのように関わって描かれていくのか、楽しみですね。

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参考:
浅井三代記 近藤瓶城 編纂
言経卿記 山科言継
浅井三姉妹の真実 小和田哲男(著)
小和田哲男『戦国三姉妹物語』/『戦国三姉妹 茶々・初・江の数奇な生涯』(角川選書)

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