【豊臣兄弟!】「私を娶れ」勝家との祝言決意が意味するもの…広がるお市ロス、悲劇へ向かう誇り高き生涯
「私(わたくし)を娶れ」
第30回放送「清須会議」の終盤で、お市(宮崎あおい)は柴田勝家(山口馬木也)に自分と結婚するよう命じます。すべては織田家乗っ取りを目論む羽柴秀吉(池松壮亮)の野望を阻止するためでした。
お市と勝家が結婚し、悲劇的な最期を遂げることは多くの戦国ファンが知っているため、早くも”お市ロス”がネット上に広がっているようです。
今回はそんなお市について、彼女が歩んだ激動の生涯をおさらいしてまいりましょう。
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信長にお酌するお市。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
お市の方は天文16年(1547年)、織田信秀とその継室である土田御前(どたごぜん)との間に誕生しました。
織田信長(小栗旬)の妹であることは有名ですが、他に実きょうだいとしては兄の織田信勝(中澤元紀)・織田秀孝(ひでたか)・織田信包(のぶかね)そして妹のお犬(おいぬ。お犬の方)がいます。
劇中で描かれたとおり、信勝は永禄元年(1558年)に信長の謀計で暗殺されました。また秀孝は天文24年(1555年)に不注意のため射殺されてしまいます。
まだ10歳前後だったお市にとって、相次いで実兄たちが死んでいく現実は、心に深い影を落としたのではないでしょうか。
また妹のお犬は佐治信方(さじ のぶかた)と結婚しますが、天正2年(1574年)に第三次長島一向一揆で討死した後は細川信良(ほそかわ のぶよし)と再婚しました。しかし天正10年(1582年)9月8日に世を去ってしまいます。
ちなみに兄の信包は信長から信頼され、慶長19年(1614年)まで長生きしますが、劇中では割愛されてしまいました。実際の信長は、決して孤独じゃなかったのですね(ただし信包は異腹説もあり)。
お市は武術の達人だった?
剣術の稽古に励むお市。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
本作中ではお市が剣術の稽古をしていたり、また刀を借りて夫の介錯をしていたりしていました。
近年では美女に荒事をさせるというギャップ演出が流行りなのか、他作品でもお市が馬を駆るなどアクティブに活躍している印象を受けます。
ただし実際のお市にそのような心得があったという史料の裏付けはありません。もし彼女がそのようなことをしていれば、きっと誰かが書き記していたことでしょう。
馬に乗り、刀を奮い、夫の介錯を務める……次は甲冑姿で女武者ぶりを発揮する作品が登場するかもしれませんね。
実名はお市じゃなかった?
お市には頭が上がらない信長。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
今までずっと「お市」「お市の方」と呼ばれてきた彼女ですが、実はこの名前が実名でない可能性があるそうです。
彼女について「お市」などと記された一次史料は存在せず、なぜ「お市」とされたのかもハッキリとしません。
『織田家系譜』では秀子(ひでこ)と記されているものの、それは織田信秀の娘(女性を示す子)だから秀子という程度の後づけでしょう。
例)北条時政の娘だから北条政子、豊臣秀吉の妻だから吉子(寧々)など。
また浅井長政(中島歩)と結婚した後は居城であった小谷城から小谷殿(おだにどの)とか小谷の方などと呼ばれました。いずれにしても彼女の実名ではありません。
お市の「市」がどこから持って来た漢字なのか、今後の究明がまたれます。
浅井長政との結婚は初婚じゃなかった?
浅井長政との祝言。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
お市と浅井長政の結婚は、兄・信長が足利義昭(尾上右近)を奉じて上洛の野心を果たすための政略結婚でした。
二人の結婚時期は永禄10年(1567年)秋から永禄11年(1568年)春にかけてとされ、この結婚によって、浅井長政と平井定武女(ひらい さだたけ娘)の縁談は破談となります。
平井定武は六角家臣であり、つまり浅井家は六角家よりも織田家との同盟を選ぶ意思を表明したのでした。
この時点で、お市は21~22歳と当時の初婚年齢としては高めです。そのためお市の生年が間違っているか、あるいはお市が初婚でなかった可能性を指摘する説もあります。
お市が生んだ浅井三姉妹
織田と浅井の対立を憂慮するお市。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
ともあれ長政と結婚したお市はいわゆる浅井三姉妹を出産しました。
長女・茶々(井上和):永禄12年(1569年)生 次女・初(田牧そら):永禄13年(1570年)生 三女・江(西川愛莉):天正元年(1573年)生長政の子供は、他に嫡男の浅井万福丸(近江晃成)・次男の浅井万寿丸(まんじゅまる)・三男の浅井喜八郎(きはちろう)・四男の浅井円寿丸(えんじゅまる)・庶子の浅井七郎(しちろう)らがいたそうです。
茶々は後に秀吉の側室となり、初は京極高次(きょうごく たかつぐ)の正室、そして江は佐治一成(さじ かずなり)→羽柴秀勝(※)→徳川秀忠(家康嫡男)の正室となりました。
(※)信長五男で秀吉の養子となった秀勝(於次秀勝)ではなく、於次秀勝の死後に養子とした姉とも(宮澤エマ)と長尾弥助(上川周作)の三男・小吉秀勝です。
彼女たちもまた、母と同じく戦国乱世に翻弄されつつ、たくましく生き延びるのでした。
浅井滅亡により保護される
長政の介錯を務めるお市。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
かくして夫や娘たちと幸せに暮らしていたであろうお市ですが、元亀元年(1570年)に兄の信長が朝倉義景(鶴見辰吾)を攻めると、状況は暗転します。
浅井長政は織田よりも朝倉との盟約を選び、信長らの背後を急襲しました。苦境に陥った信長は一目散に逃走し、殿軍を務めた秀吉の奮戦「金ヶ崎の退き口(かねがさきののきぐち)」は、多くの戦国ファンを魅了しています。
『朝倉家記』によると、お市は信長に浅井の裏切りを伝えるため、陣中見舞いとして小豆を入れた袋の両端を縛ったものを贈りました。信長は「袋の小豆≒挟み撃ちにされますから、お逃げ下さい」というメッセージを感じとって逸早く逃げ出したと言われますが、これは後世の創作でしょう。
窮地を脱した信長は姉川の合戦で浅井・朝倉連合軍を撃破し、天正元年(1573年)に長政を滅ぼします。
劇中では自害する長政をお市が介錯(斬首)するという斬新な展開で視聴者を驚愕させましたが、実際には小谷城から脱出し、実兄の織田信包に保護されました。
異説では叔父の織田信次(のぶつぐ)に保護されて尾張守山城(名古屋市守山区)へ移り住み、信次が天正2年(1574年)に長島一向一揆で討死すると、岐阜城へ移り住んで保護されたそうです。
秀吉の仲介で勝家と結婚
勝家に戯れるお市。その戯言が「瓢箪から駒」となった。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
その後しばらくお市は大きな動きを見せず、天正10年(1582年)に本能寺の変が起こると、状況が目まぐるしく変化しました。
信長亡き後の織田政権を決める清須会議を主導した秀吉が、勝家の不満をおさえるためにお市との縁談を仲介したと考えられています。
それまで側室や妾のみで正室がいなかったと考えられる勝家はこれを受け入れ、主筋であるお市との結婚で織田政権内における立場の強化を図りました。
婚儀は天正10年(1582年)8月20日に岐阜城で行われ、また京都妙心寺(京都市右京区)で信長の百箇日法要を営んだそうです。
ともに信長を想った同士、きっと心を合わせてねんごろに供養したことでしょう。
北ノ庄城で非業の最期
お市と勝家。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
しかしこの夫婦生活も永くは続かず、天正11年(1583年)4月に勝家は賤ヶ岳の合戦で秀吉に敗北し、逃げ帰った越前北ノ庄城(福井県福井市)を包囲されてしまいました。
最早これまでと覚悟を決めた勝家は、お市に娘たちと落ち延びるよう勧めます。しかしお市は一緒に添い遂げると言って聞きません。
やむなく娘三人だけを城外へ追い出し、酒宴を開いて今生の別れを惜しみました。そして燃え盛る城を枕に自害して果てたということです。享年37歳。
さらぬだに 打寝る(うちぬる)程も 夏の夜の
別をさそふ ほとゝぎすかな
【歌意】ただでさえ夏の夜は短いのに、早く別れを告げろと啼くホトトギスの声は、何と無情なことでしょうか。
夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を
雲居にあげよ 山ほとゝぎす
【歌意】短い夏の夜に見る夢のように儚い人生であった。ホトトギスよ、どうか我らの名が後世まで届くよう、高らかに啼き伝えてほしい。
お市と勝家が詠み合った辞世に、それぞれの人柄が感じられますね。
終わりに
小谷城にて兄弟と再会。こんな楽しい時間を共有することはもう叶わない。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
今回は悲劇の戦国ヒロイン・お市について、彼女が歩んだ激動の生涯をおさらいしてきました。
果たして本作では、どのような最期を遂げるのでしょうか。早くもお市ロスが広がっているようですね。
勝家が永年貫いてきた純愛が結実し、そして散華してしまう瞬間を、心して見届けましょう!
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黒田基樹『お市の方の生涯「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』朝日新書、2023年1月 桑田忠親『戦国時代の女性』秋田書店、1979年6月 西ヶ谷恭弘『考証織田信長事典』東京堂出版、2000年9月 宮本義己『誰も知らなかった江』毎日コミュニケーションズ、2010年12月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

