『豊臣兄弟!』欲のない男・豊臣秀長…賄賂も茶器も通用しない!秀吉を支えた名補佐役の信念 (2/4ページ)
観音寺本堂左側にある前野家一族の供養塔(wikipediaより)
つまり秀長の公正な人物像は、後世の人物評価や誇張されたストーリーなどから生まれたものではありません。当時の身近で仕えた人々からも、同じような人物像が伝えられているのです。
もちろん、公正な性格だけで政治がうまくいくわけではありません。重要なのは、その性格が実際の統治にどう表れたかです。その点はどうだったのでしょうか。
賄賂を許さない秀長の公正さを具体的に見るのに最も参考になるのが、大和郡山での治政です。
秀長は郡山城に入った際、領地の実態を把握するために検地を実施しました。
皆さんもご存じの通り、検地は農地を測り、年貢を決めるための重要な制度です。