【豊臣兄弟!】秀吉の卑劣な罠で織田信雄に粛清され…悲劇の忠臣・津川雄光のあまりに無念な最期 (2/3ページ)
妻は伊勢守護職を務めた北畠具教(きたばたけ とものり)の娘で、彼女は信雄の妻と姉妹であったことから、信雄と義兄弟になりました。
『勢州軍記』によると、天正4年(1576年)11月25日に同僚の土方雄久(ひじかた かつひさ)や日置大膳亮(ひおき だいぜんのすけ)らと共に伊勢田丸城(三重県玉城町)を襲撃。北畠一族を討ち取る武功を立てます(三瀬の変)。
また天正10年(1582年)1月には津田宗及(マギー)に招かれて茶会に出席し、同年6月に本能寺の変が起きると、信雄の不在を守るため本拠地である松ヶ島城(三重県松阪市)を預けられました。
秀吉の謀略で粛清
池松壮亮演じる羽柴秀吉。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
居城を預けられるほど深く信雄に信頼されていた雄光ですが、やがて信雄と秀吉の関係が険悪になると、上京が暗転してしまいます。
信雄家臣団の切り崩しを図った秀吉は、雄光・岡田重孝(おかだ しげたか)・浅井長時(あざい ながとき。尾張浅井氏)らが「羽柴陣営と内通している」という噂を流しました。
寝返るよう調略を仕掛けたものの、3人とも頑として忠義を貫いたため、ならば殺させてしまえと思ったのでしょうね。