14歳で初婚、結婚4回…朝ドラ『ブラッサム』石橋静河が演じるヒロインモデル・宇野千代の激動の生涯
現在、NHK連続テレビ小説「風、薫る」が放送中ですが、令和8年(2026年)後期の朝ドラ(連続テレビ小説)第115作目は「ブラッサム」。
石橋静河(いしばししずか)さんが演じるヒロインの葉野珠(はの たま)は山口県の岩国に生まれ、激動の時代に翻弄されながらも作家の道を志す女性です。
今回はそんな葉野珠のモデルとされる女流作家・宇野千代(うの ちよ)の生涯をたどってみたいと思います。
石橋静河さんが演じるヒロイン 葉野珠(NHK公式サイトより)
1回目の結婚は従兄と
宇野千代は明治30年(1897年)11月28日、山口県玖珂郡横山村(山口県岩国市)で誕生しました。
父の宇野俊次は大変な道楽者で、千代は「一種の奇人ないし狂人」とも「あらゆる道楽をし、放蕩を極めた」と酷評するほどだったそうです。
明治32年(1899年)に実母の土井トモが肺結核で世を去り、翌明治33年(1900年)に父は佐伯リュウと再婚しました。リュウは千代と12歳しか違わない少女だったと言います。
千代はリュウを実母と信じて成長し、終生慕っていました。そんなリュウは、後に千代が書いた代表作『おはん』に登場するおはんのモデルになったそうです。
千代は明治37年(1904年)に岩国尋常小学校へ入学し、成績は全甲(すべて甲評価。現代でいうオール5)という優秀な児童でした。明治43年(1910年)に岩国高等女学校へ進学、ここでも成績抜群だったと言います。
そんな千代は14歳となった明治44年(1911年)に従兄の藤村亮一と結婚することになりました。しかし婚家の雰囲気になじめず、肝心の亮一が女遊びをしていたことから、結婚から10日ほどで実家へ帰り、ほどなく離婚したそうです。
そんなことがあっても千代は勉学に励み、大正3年(1914年)に岩国高等女学校を卒業してからは、川下村尋常小学校の代用教員として勤務しました。
しかし同期の新任教師であった佐伯正夫との職場恋愛が問題視され、大正4年(1915年)に懲戒免職されてしまいます。
2回目の結婚は元夫の弟と地元に居づらくなった千代は恩師の伝手で朝鮮・京城(韓国のソウル)へ渡り、家庭教師やベビーシッターなどで生計を立てていました。
やがて遠距離恋愛だった正夫から絶縁状が届けられ、大正5年(1916年)に急遽帰国します。真っ先に正夫を訪ねて復縁を求めますが、完全に拒絶されてしまいました。
地元の朝鮮雑誌社に勤務して契約・集金などをしていたところ、元夫の弟である藤村忠と懇意になります。元夫と縁続きになることに抵抗はなかったのでしょうか。
そして京都で同棲し、大正6年(1917年)に忠が東京帝国大学に進学すると、一緒に上京したのでした。
上京した千代は忠と二人で、元夫の亮一とその恋人が同棲している部屋へ転がり込みます。まったくいい度胸ですね。
後に下宿先や職業を転々としながら、新聞『萬朝報(よろづちょうほう)』の懸賞小説で何度か入賞、賞金を得ることもありました。
また本郷の洋食店「燕楽軒」でウェイトレスのアルバイトをしていた時期に、菊池寛・久米正雄・佐藤春夫・芥川龍之介・今日出海(こん ひでみ)といった文士たちと知り合い、特に今東光(こん とうこう)とは親交を結んだと言います。
大正8年(1919年)に忠が帝大を卒業すると、千代は二度目となる結婚をしました。翌大正9年(1920年)に忠が北海道拓殖銀行の札幌支店に就職すると、二人で札幌へ移住したそうです。
新婚生活の中でも千代は文筆活動を続け、大正10年(1921年)に『時事新報』へ応募した懸賞小説「脂粉の顔」が一等当選を果たし、賞金200円を受け取りました。
文章がこれほどのカネになるのか。こんなに儲かるなら、書かなきゃいけない。驚いた千代は執筆活動に専念するようになります。
その後、雑誌社に原稿を送っても音沙汰がなかったので、確認のため大正11年(1922年)に一人で上京しました。
すると実は既に掲載されていたことがわかり、千代は原稿料366円という大金を受け取ったそうです。あまりの金額に驚いてしまった千代は、そのまま岩国の実家へ戻って継母のリュウたちに原稿料の一部を贈りました。
一目ぼれで3度目の結婚
札幌へ帰る途中、再び東京へ立ち寄った千代は、作家の尾崎士郎と出会います。尾崎に一目ぼれした千代はそのまま尾崎と同宿し、東京まで迎えに来た忠と話し合って別れることになりました。
大正13年(1924年)に協議離婚が成立し、尾崎と三度目の結婚をします。三度目の正直になればいいのですが……。このころからペンネームを藤村千代から宇野千代に改め、作品集『幸福』を金星堂から刊行しました。
昭和2年(1927年)に川端康成の誘いで伊豆旅行へ出かけ、梶井基次郎・三好達治・藤沢恒夫らと知り合い、こと梶井とは懇ろな関係になったとか。東京へ戻って来てからもその関係が続いていたため、尾崎は当然面白くありません。やがて二人は離婚してしまいました。
尾崎と離婚した昭和5年(1930年)、千代は連載小説「罌粟(けし)はなぜ紅い」のために取材した東郷青児(とうごう せいじ)と初対面で同棲を始め、翌昭和6年(1931年)には東郷の連れ子である志馬とも同居します。
しかし昭和9年(1934年)に賭け麻雀の容疑で検挙されてしまいました。また東郷が情死未遂事件を起こした相手と復縁したため、千代は同棲を解消しました。
まさに踏んだり蹴ったりでしたが、東郷から取材したネタをまとめた『色ざんげ』を昭和10年(1935年)に刊行、作家としての名声を高めることに成功します。転んでもタダでは起きません。
ビジネスパートナーと4度目の結婚昭和11年(1936年)に千代はスタイル社を創業し、日本発のファッション専門誌『スタイル』を創刊しました。共に編集者を務めた北原武夫と昭和12年(1937年)に同棲し、昭和14年(1939年)に4回目となる結婚をしました。
昭和16年(1941年)に夫婦で満州国や中華民国を取材しますが、同年12月8日に大東亜戦争(太平洋戦争)が始まると、翌昭和17年(1942年)に北原は報道班員として出征します。
当時は戦時体制によって敵性語である英語が規制され、雑誌『スタイル』は『女性生活』と改題し、企業名スタイル社は文體社(文体社)と改称しました。
戦況が徐々に傾きつつあった昭和18年(1943年)に北原が復員し、より悪化した昭和19年(1944年)には文體社を解散して熱海へ疎開します。
いよいよ敗色濃厚となった昭和20年(1945年)には、熱海から北原の故郷である栃木県壬生町へ疎開し、敗戦を迎えたのでした。
昭和21年(1946年)に疎開先から東京へ戻って来た千代と北原は、焼け残ったビルの一室でスタイル社を再興します。ファッション雑誌とともに着物のデザインも手がけ、紹介・販売することで評判を呼びました。
戦後のライフスタイルにふさわしい着物デザインを追求する「宇野千代きもの研究所」の設立や、洋装とインテリアを活かしたライフスタイル提案ショップ「スタイルの店」を開業するなど、新時代のパイオニアとして活躍したそうです。
しかし事業が軌道に乗って来た昭和27年(1952年)、同業者の通報によって国税庁の査察が入り、スタイル社の脱税が発覚しました。
巨額の追徴課税によって負債を抱えた二人は、昭和39年(1964年)に完済した後に離婚したということです。きっと二人とも、精魂尽き果てていたことでしょう。
晩年と薄桜忌
その後はさすがに懲りたのか、千代は結婚することなく、昭和30年代半ばごろから執筆活動を再開。昭和55年(1980年)ごろからは女性たちのライフスタイルについて、恋愛論・幸福論・長寿論など多様なテーマで執筆活動を展開しました。
最晩年まで旺盛な執筆活動を続け、平成8年(1996年)6月10日に満98歳で世を去ります。戒名は謙恕院釈尼千瑛、彼女の命日は薄桜忌(はくおうき)と命名されます。
これは昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で枯死寸前だった薄墨桜(うすずみざくら。岐阜県本巣市)に心を痛め、全国的な募金活動や岐阜県知事への陳情など、保護に尽力したことが由来だそうです。
そのお陰で薄墨桜は樹勢を回復し、今日も元気な姿を見せてくれています。
「桜は、私の故郷の花であった。私の心の花であったのである」
「さくらは幸福の花。私は桜が大好き」
まさに桜吹雪のような人生にあって、千代は命の限り咲き誇ったのでした。
終わりに今回は朝ドラ「ブラッサム」ヒロイン葉野珠のモデルとなっている宇野千代について、その生涯をたどってきました。
結婚と離婚を4回ずつ繰り返し、また様々な恋愛や同棲を重ねた彼女は、よくも悪くも実にバイタリティあふれていたようです。
果たして作中では、どんな女性像が咲き誇るのでしょうか。
連続テレビ小説『ブラッサム』明治三十年(1897年)、主人公・葉野珠(はの・たま)は山口県の岩国に生まれました。実母は珠が2歳の時に亡くなり、父と後妻である継母によって育てられました。女学校を卒業後、代用教員として働き始めますが解雇され、故郷の岩国を追われることになります。親戚を頼って上京したことで、珠は幼き日の夢を強く意識し、小説の懸賞応募から、作家の道を切り開きます。
しかし、世の中は価値観が大きく揺れ動く時代。
大正から昭和にかけて、関東大震災と戦争、結婚と離婚、倒産そして借金…と、珠は、さまざまな困難にのみ込まれながらも、作家として生きることに向き合います。そうした中で、小説家として花を咲かせるのです。
時には敵を作り誤解され、傷つけ傷つきながらも、自由を求めて生きることに正直であり続けた珠は、小説に思いを忍ばせることで、読む人に「幸せ」を運んでいくのです。※実在の人物をモチーフとしますが、大胆に再構成します。登場人物名や団体名などは一部改称して、フィクションとして描きます。原作はありません。
【放送予定】 2026年9月28日(月)開始
【作】 櫻井 剛、小松與志子
【音楽】 fox capture plan
【主題歌】 YOASOBI
【語り】三條雅幸アナウンサー(NHK大阪放送局)
【出演】 石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎 ほか
【スタッフ】 制作統括:村山峻平、櫻井壮一 プロデューサー:大野陽平 演出:盆子原 誠、中泉 慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介※NHK公式サイトより。
※参考文献:
宇野千代『生きて行く私』角川文庫、1996年2月 メディアソフト編『宇野千代の人生』メディアソフト、2026年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan