盆踊り→死者の群れ?おはぎ→血の色?日本の風習に当たり前に隠されてきた衝撃のルーツ4選

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盆踊り→死者の群れ?おはぎ→血の色?日本の風習に当たり前に隠されてきた衝撃のルーツ4選

桃の節句や花見、日本には様々な風習がありますね。当たり前に思っている風習ですが、なぜそういう形になったのか、考えてみたことはありますか?

饅頭はなぜ参道で売られる?饅頭は人の頭、おはぎの色は血の色だった

中国の三国時代の軍師・諸葛孔明に関する伝説では、川の神を鎮めるために「人の首を供える風習」があったとされています。孔明は人身御供を避けるため、小麦粉で作った皮に羊や豚の肉を包み、人の頭に見立てた供物を作りました。これが「蛮頭(ばんじゅう)」と呼ばれ、後に「饅頭(まんじゅう)」になったという伝承があります。(中国『事物起源』)

日本へは鎌倉時代から室町時代頃に中国から伝わり、林浄因らによって肉の代わりに小豆あんを入れた和菓子へと発展しました。
神仏に備える供物として定着したのは、そもそも神に捧げる物だったからですね。温泉地や寺社仏閣の門前で饅頭が多いのはそのためです。

また、お彼岸や四十九日あけに牡丹餅やおはぎを食べますが、これがなぜか。古来日本では「朱色」=「神聖」なものとして扱っています。

漢字の「しめすへん」は台座に載せた供物から滴り落ちる血を象形文字として表したといいます。生贄の首ではなく、饅頭を使うようになったために、饅頭も赤いおはぎやぼたもちになったというわけです。

おはぎ(フォトACより)

獅子舞はなぜ頭を噛むのか?

獅子は狛犬のモデルであり、元をたどればスフィンクスが発祥といわれています。そのスフィンクスはライオンがモデルですね。獅子舞のルーツは 古代インドのライオン信仰 にあると考えられています。ライオンは力と権威の象徴であり、仏教とも結び付いて神聖な存在とされました。

その後、獅子の文化は シルクロードを通って中国へ伝わり、舞踊や祭礼芸能として発展しました。中国で形作られた獅子舞は朝鮮半島を経由し、612年に百済から渡来した味摩之(みまじ)という楽人が伝えた「伎楽(ぎがく)」の中の獅子の舞 が、日本の獅子舞の源流とされています。

しかし「噛みつく」動作は日本独自の発展かもしれません。なぜなら「噛みつく」は「神が憑く」とされ、そのため噛んでもらうことで福を呼び寄せると信じられているからです。中国では獅子頭になる前に、「き頭」という呪物を使用し、時には死人の頭を祭っていたといいます。獅子頭が、眼が異様に大きく、苦悶や威嚇するような表情なのは、そのためでしょうか。

日本でも古来の獅子舞は現在の獅子舞よりずっと激しく、獅子と獅子が相手の耳をかじり取ったという逸話も残っています。本来、大きな力を持つ神の力を呼び寄せるのは容易ではないという現れでしょう。

獅子舞イメージ(フォトACより)

盆踊りは死者の群れを表現していた!?

お盆といえば盆踊り。さて、なぜ死者を迎える日に踊られるのかご存じですか?
実は盆踊りは、死者が地獄から救済されて喜んで両手をあげている様子が、もとになったといわれています。

どういうことかといいますと、昔仏陀の弟子のひとりにモッガラーナという弟子がいました。彼の母は死して餓鬼道に陥り、それを神通力で知ったモッガラーナは母を助けようとしますがうまくいかず、仏陀に救済を求めます。仏陀は7月15日に百日修行を終えたたくさんの僧侶に供養をすれば、その力で助けられると伝えます。

果たしてモッガラーナの母は無事に昇天します。その時にモッガラーナの母以外の亡者も救われたとされ、その歓喜の様子が盆踊りというわけです。

ちなみに「逆さ吊り」という責めが、サンスクリット語で「ウラバンナ」と発音します。それが訛って「盂蘭盆会」となりました。

盆踊り自体が広まったのは、一般的には平安時代に空也上人が広めた踊念仏といわれています。

ちなみに8月13~15日がお盆のようになってしまっていますが、実際は旧暦の7月15日です。ですが、明治期になり暦が変わり、地方の農村部では、旧暦の7月は一年のうちで繁忙期にあたってしまったため、1か月遅らせた8月15日前後(8月13日〜16日)に行う地域が全国に広がりました。現代では都市部の人間がちょうどその時期に帰省することもあり、これが「月遅れ盆」といって全国に定着し、現在に至ります。

盆踊りイメージ(フォトACより)

本来、葬儀に白無垢を着る理由とは
日本の喪服が「黒」になったのは意外と最近のこと、かつて日本の喪服は「白」だった

こちらでも紹介されている「日本の喪服は黒だった」という事実ですが、更に深掘りしてみましょう。

古くから日本人は吉事と凶事を区別するよりも、「ケとハレ」(日常と非日常)を区別する性質がありました。

出産・結婚・葬式など人生の通過儀礼は、祝い事や忌事に関わらず「ハレ」として捉えており、葬儀もハレの日だったのです。

ハレの日は一度生来の自分を捨て去って新しい自分になる日、いわば「生まれ変わる」日であり、「神仏に近づく日」として捉えられます。なので葬儀でも、故人は白装束ですね。
ではなぜハレの日が白装束なのでしょうか。

仏教には四十九日という概念があります。この49日間は「中庸」と呼ばれ、様々な菩薩や仏に出会いながら来世への旅が続くとされています。この時はいわば悟りと裁きの期間。清き心を示すために真っ白な白無垢を着たというわけです。

白無垢でなかった場合は…永遠に地獄をさまようのでしょうか。想像するに恐ろしいことです。

参考:『知れば恐ろしい日本人の風習』

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