【豊臣兄弟!】殿を死なせない!鬼の元親を降伏に導いた谷忠澄(堀部圭亮)、史実は「切腹覚悟」の進言だった

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【豊臣兄弟!】殿を死なせない!鬼の元親を降伏に導いた谷忠澄(堀部圭亮)、史実は「切腹覚悟」の進言だった

ここにきて、「重臣」にスポットライトを当てた場面が胸アツ展開になった、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。

徳川家康(松下洸平)に「奪われたくないなら奪う側になれ」という石川数正(迫田考也)。

織田信雄(山脇辰哉)の前で能を踊り笑わせた津川雄光(義冬/早瀬栄之丞)。

そして、今回の第36回『姫若子と鬼若子』では、羽柴秀吉(池松壮亮)に、「お前は、昔わしが惚れた男のままか?」と問いを突きつけた蜂須賀正勝(高橋努)。

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さらに、長宗我部元親(磯部寛之)に仕える、谷忠澄(堀部圭亮)です。

史実では、土佐神社の神主だったものの元親に見出されて家臣となった忠澄。

ドラマでは、荒ぶる元親に毅然としつつも愛ある態度で物申した谷忠澄とは、どのような家臣だったのでしょう。

ドラマの人物像と史実に伝わる人物像を調べてみました。

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谷忠澄(堀部圭亮)(NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より

小一郎の「好きじゃき」は元親のセリフだった

織田信雄と和睦し、秀吉と家康の戦はいったん収束。

けれども四国で長宗我部元親が反旗を翻したため、秀吉は秀長(仲野太賀)を総大将とし、天然の要害・四国を攻め落とす『四国攻め』作戦を実行します。

秀長は圧倒的な兵力で、次々と長宗我部氏の軍事拠点をねじ伏せました。

前線の阿波一宮城も陥落、城を守るため残っていた谷忠澄は秀長を前に死を覚悟し介錯を頼むも、秀長は断り「元親の説得」を頼みます。

秀長は、元親の人柄を知っていて「死なせたくない人物」だと思っていたのです。

それは、第25回『変事の予兆』での出会いにありました。

京都で行われた軍事パレード『馬揃え』に見物に来ていた元親と偶然茶屋で出合った秀長は、艶やかな女性ものの着物に身を包んだ姿に驚きます。

「なぜ?」と問うと、『好きじゃき』……と元親。

今回、印象的だった秀長の『好きじゃき』は、ここから来たのでした。

「このような着物を着ると心が落ち着く」と語っていた元親。

この出会い・艶やかな着物・元親の「好きじゃき」、すべて今回の和睦の重要な伏線となっていたのです。

元親と秀長との出会い。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より

元親が美しい着物に惹かれる訳を知っていた

天正13年6月、ついに「四国攻め」の火蓋が切って下ろされました。

長宗我部軍は、圧倒的な秀長軍に次々と戦いの拠点を陥され、白地城への籠城を決めます。

今回のドラマの中で、一宮城を引き上げるとき元親の目に止まったのは、衣桁にかけられた、あの着物。

思わず足を止め、着物に惹きつけられた元親は、息子の急がせる声で我に戻ります。

後に残る忠澄は去っていく元親に頭を下げつつも、懸念するようにその着物に目を見詰めたが印象的でした。

元親の本心を知っていたのでしょう。

秀長軍の猛攻撃に長宗我部軍の防衛戦はもろくも崩壊。

総崩れになった阿波一宮城に残った忠澄は「情けはいらぬ。介錯を頼む」というも、秀長は断り元親との仲立ちを依頼しました。

忠澄は、秀長の書状を持って元親のもとへ。
「今、くだれば土佐一国は領地として認める。」との内容に、

「されば、殿……」と説得の言葉をいいかける忠澄でしたが、元親は書状を投げ捨てます。いつも煮湯を飲まされていたため、もう絶対に折れたくない元親の中に、鬼が宿りました。

谷 忠澄(左)と長宗我部元親親子(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

元親の心を動かす忠澄が持した着物

長宗我部の降伏に手を焼く秀長に、秀吉が出張ってくるという知らせが届くも、

「あの方は望んで戦っているわけではない」
「家臣や領民を無駄死にさせることは望んでいない」
「長宗我部殿は強いお方じゃ。それ以上に優しいお方じゃ」

と秀長。

「強い人間は優しい」……戦国時代の日本のみならず、現代、世界中でも通じることでしょう。

秀長の思いを察した蜂須賀正勝が秀吉の説得を買ってくれました。

夜のとばりに包まれながら、苦悩する表情の元親と秀長の映像が重なります。

「殿を死なせてはならぬ」と思うように

姫若子が鬼若子に変わった姿を見た谷忠澄は、秀長に「殿は差し違えても戦う覚悟。もはや、我らの言葉は届きませぬ」と伝えます。

「元親の心を動かせるものは何か」と思案する秀長軍。そこで秀長は、元親との最初の出会いを思い出したのでしょう。

幾度も説得のために行き来する忠澄に、元親は「お主も損な役目を負ったものだ」と声をかけますが、忠澄は「そうは、思いませぬ」ときっぱりと答えました。

秀長と何度も元親を説き伏せるうちに「いつしか、殿を死なせてはならぬと思うようになりました」とまっすぐに元親を見て伝えます。

そして、木箱に入っていた元親のもみじ柄の着物を差し出しました。驚きながら、そっと宝物に触れるように着物に手を伸ばす元親。

「殿を説き伏せるのは、あの時(秀長と出会ったときの)の殿しかおらぬ。」
「あれがまことの長宗我部なのだ」と、秀長の言葉を伝えました。

その言葉と着物は、みるみるうちに元親の鬼の心を溶かしていくのがわかります。

はらはらと涙をこばす元親。

そんな主君を見守りながら「殿、これは私のお願いにござります。降伏を受け入れてくだされ」

「土佐一国、それで十分ではござりませぬか。まことは、もう、殿もそうお決めになられちゅうがじゃないですか」

「なにがあろうと、最後は、領民のことを一番に思ってくださる。私の知っちゅう殿とのはそういうお方にございます。」

胸に染み入るような忠澄の言葉でした。

殿は、強く・優しく・家臣や領民のことを一番に考える人。

そんな殿に仕えてきた自分を誇りに思う。

だからこそ殿は死なせない

……忠澄の真摯な思いが伝わる、名場面だったと思います。

元親の本心を誰よりもわかっていた谷 忠澄。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

元親の「好きじゃき」への秀長のアンサー

秀長が送った着物を着て、一宮城に降伏に訪れた元親に、秀長は「これからは我らと共に、天下一統の夢をみてほしい」と頼みます。

元親は、「戦に慣れ人を殺めることも何も感じない自分が怖くなった。だから、自分の中の鬼を封じ込めるために美しい着物をまとっていた。」

「そんな自分が本当の姿だといってくれた、貴殿の言葉は救いだった」……と語ります。

そして「何でそこまでわしのことを?」と問いました。

『好きじゃき。』と秀長。破顔一笑する二人。

「この元親、これよりは上様の臣下となり、天下一統の夢を、お手伝いをいたしまする」と頭を下げました。

戦は嫌いな姫若子の自分を好いてくれる武将と、守りたいと思ってくれる家臣に救われた長宗我部元親……という今回のストーリー展開。

演技初挑戦とは思えないほど抜群の存在感を放った磯部さんの長宗我部元親と、厳しい表情ながら救いたいと願う堀部さんの家臣・谷忠澄。

記憶に刻まれる主従関係でした。

羽柴に仕える覚悟を決めた元親。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

史実でも「物申す家臣」だった忠澄

史実に伝わる谷忠澄も、圧倒的な勢いの秀長軍に抗戦を続けようとする元親に降伏を進言しました。

元親が激怒することも承知で、なぜ彼は強く講和を説得したそうです。

忠澄は、もとは土佐国の一宮である土佐神社の神主だったものの、元親に見出されて家臣となり外交方面で活躍した人物と伝わります。

天正13年「四国攻め」では、忠澄は江村親俊とともに、戦いの前線・阿波一宮城を守るも落城。

白地城にいた元親のもとへ戻り、羽柴軍と自軍の兵力差・武器の質・兵糧の差を具体的に説明して降伏を勧めたと伝わります。

『南海治乱記』では、秀長軍の優れた兵力や武器の質にも関わらず、自軍の装備は劣ることを挙げ、冷静な判断をしたとか。

『元親記』では降伏を勧める忠澄に、「自分が一度も決戦せずに降伏するの恥辱」と徹底抗戦を主張、忠澄を「臆病者」と罵倒し切腹を申しつけたそうです。

けれども忠澄は屈せず、他の重臣たちを説得し連名で再考を願い、最終的に元親も折れて降伏(土佐一国安堵の条件)に至りました。

これらは後世の軍記物によるものなので、当時の一次史料で元親と忠澄の間のやりとりの詳細は確認できるものではありません。

けれども、忠澄は講和交渉の重要な人物だったことには間違いないでしょう。

秀長が送った覚書

最近、秀長が長宗我部元親・配下に送った和平案を記した覚書が、高知県南国市の県立歴史民俗資料館で展示されたようです。

秀長は和平の条件として「土州一国にて御理之段、随分不可有疎略事、付、内府御同心無之付者非疎略事(土佐一国が与えられるよう努力する)」などと記した。(読売新聞オンライン)

現代語にすると、「土佐一国が与えられるよう努力する。家康の同意がなかったとしても、私は疎かに扱わない」というような意味でしょうか。

秀長は「絶対滅ぼしてやる」ではなく、彼らのためになるよう尽力する気持ちが窺い知れます。

秀長と秀次の四国攻め。 「瓢軍談五十四場 四十九 久長久次和気の城を責る 一英斎芳艶 国立国会図書館,デジタルコレクション

 

最後に……

「殿!命がけで戦いましょうぞ!わたしも死は恐れない」を忠義とする家臣とは異なり、本来は家臣や領民のことを思う人物であることを思い起こさせ「殿を死なせない」ことを忠義とした谷忠澄。

命を張っても己の間違いを指摘し目を覚まさせる家臣がいる大将のほうが、間違いを指摘してくれない佞臣しか重用しない「裸の大将」より恵まれている……そんな風に思わせられた回でした。

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参考:

長宗我部元親 山本 大
長宗我部元親 土佐の風雲児 四国制覇への道 吉田 龍司
読売新聞オンライン

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