【豊臣兄弟!】あさひ(倉沢杏菜)が家康と強制結婚!悲劇的な末路の真相、引き裂かれた夫婦の絆…

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【豊臣兄弟!】あさひ(倉沢杏菜)が家康と強制結婚!悲劇的な末路の真相、引き裂かれた夫婦の絆…

小牧・長久手の戦い以来、ずっと対立が続いている中、徳川家康(松下洸平)は和睦の条件として豊臣家の身内を妻として差し出すよう要求してきました。

そこで秀吉(池松壮亮)は苦渋の決断として、妹のあさひ(倉沢杏菜)を差し出します。しかし彼女には夫の副田吉成(前原瑞樹)がいるのですが……一体どうなってしまうのでしょうか。

今回はあさひの生涯と悲劇的末路をたどりたいと思います。大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむ参考にしてもらえたら嬉しいです。

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あさひの前半生

あさひと吉成。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

あさひ(旭姫、朝日姫)は天文12年(1543年)に尾張国中村で誕生しました。母親はとも(宮澤エマ)・秀吉・秀長(仲野太賀)と同じなか(坂井真紀)ですが、父親については木下弥右衛門(小林顕作)説と竹阿弥(ちくあみ)説に分かれます。

あさひの最初の夫についても、佐治日向守(さじ ひゅうがのかみ)説や副田吉成説などがあってはっきりしません。

佐治日向守:元は農民だったが、秀吉の出世によって武士となる。 副田吉成:元は織田家臣で、後に秀吉に従う。

いずれにしても天正14年(1586年)以前のことについては矛盾する伝承が混在していて、彼女の前半生について確かなことはわかっていないようです。

あさひが前夫と離縁した理由は?

縁者の少ない秀吉にとって、吉成は重要な人材だった。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

あさひは天正14年(1586年)に家康と結婚することになりますが、従来の通説では「秀吉が権力ずくで夫と離縁させ、あさひを奪われた夫は自害または出家した」と考えられてきました。

しかし近年の研究によると、どうやらそれ以前に離縁していた可能性が指摘されているそうです。

例えば副田吉成は秀吉から指杭城(多伊城。兵庫県新温泉城)を任されていましたが、天正10年(1582年)に本能寺の変が起こると、その混乱によって城を奪われてしまいました。

これが秀吉の不興を買い、あさひと離縁させられたことが江戸時代の歴史書『武家事紀』に記録されています。また江戸時代の随筆『塩尻』によると、秀吉が5万石の加増を条件にあさひと離縁するよう迫ったところ、吉成は妻を5万石で引き渡すことを恥じて出家・隠棲しました。

『武家事紀』と『塩尻』を総合すると「秀吉は城を奪われてしまった吉成に対して、体よくあさひと離縁させるために5万石の加増を提示。しかし吉成はこれを恥じて出家・隠棲して身を引く」という流れになりそうです。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、吉成の失態については言及されていないため、果たしてどんな展開が描かれるのでしょうか。

家康との結婚後

朝日姫と家康(画像:Wikipedia)

かくして夫と離縁して家康と政略結婚したあさひですが、彼女がその後どうなったのかが気になるところです。

当時家康は45歳、あさひは44歳で年齢的には釣り合っていると言えるでしょう。しかし既に子供を生むのは難しく、そもそも前夫との間にも子供はいませんでした。

駿府(静岡県静岡市)に住んだことから駿河御前と呼ばれるようになったあさひは、どんな思いで敵中に身を置いていたのでしょうか。

しかしあさひが家康に嫁いでもまだ和睦が成立しなかったため、今度は母なかが「あさひの様子を見舞う」名目で人質となり、これでようやく羽柴・徳川の和睦が成立したのでした。

それからしばらく経つと、あさひは上洛して京都の聚楽第(じゅらくだい。秀吉邸宅)に移り住むようになります。家康としては最早人質としての価値がなく、また愛情もなかったのでしょう。

晩年は病気がちだったそうで、いつお迎えが来ても安心できるように臨済宗へ帰依していたと言います。

そして天正18年(1590年)1月14日に聚楽第で世を去りました。享年48歳、豊臣きょうだい(とも・秀吉・秀長・あさひ)の中でただ一人、母親より先に亡くなっています。

終わりに

きょうだいみんな一緒だったあの頃。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

今回はあさひの離縁と、家康との政略結婚について紹介してきました。

果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、この場面をどのように描くのでしょうか。まだ吉成との夫婦関係が維持されているようなので、吉成がどのようにフェイドアウトしていくのかが気になるところです。

天下一統の野望を果たすため、大切なものを次々と喪っていく豊臣兄弟の悲哀と衰運が描かれる最終盤を、心して見届けていきましょう!

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※参考文献:

黒田基樹『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書、2025年7月 黒田基樹 編『戦国大名の新研究3 徳川家康とその時代』戒光祥出版、2023年4月

※トップ画像:『豊臣兄弟!』公式Instagramより

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