1973年に開催された初の個展で発表した貴重なコレクション展「五十嵐威暢 アニマルイラストレーション」展を札幌芸術の森美術館にて2027年1月11日まで開催 (3/5ページ)

バリュープレス

1979年にはスイスのデザイン誌Graphisが最初の個人特集記事を掲載し、1998年までに計5回の特集が組まれた。

アイデア誌別冊「アメリカ西海岸のグラフィックデザイナー」をはじめ、「世界のトレードマークとロゴタイプ」全3巻など数多くのデザイン書を自ら企画、取材、編集、レイアウト、デザインし海外の優れた事例の紹介に努めた。また、国内外のクライアントのために多くのVI計画を作成。代表作に、サントリーホール、明治乳業、王子製紙、ノーリツ、多摩美術大学、JRタワー(札幌)、サミットストア、三井銀行、PARCO PART3、カルピス食品工業などがある。
 
1980年代にはアルファベット彫刻を手がけるようになり、プロダクトデザインの分野にも進出。ニューヨーク近代美術館のグラフィック、プロダクトを制作。同館のためにデザインした8年間におよぶ立体的数字によるカレンダーは、代表作のひとつとなった。80年代末からは日本各地の地場産業を応援。それらの技術を駆使して開発した一連のプロダクト(YMD)が、欧米のミュージアムショップやデザインストアで販売された。1980年には国際グラフィック連盟(AGI)に推挙され会員となる。83年から89年まで同会の理事(IEC)を二期6年間務めた。
 
後進の育成にも積極的に関わり、千葉大学、カリフォルニア大学(UCLA)で教職を、多摩美術大学美術学部二部(現、造形表現学部)の創設に参加。我が国初となるコンピューターによるデザイン教育の基礎づくりに参画し、初代デザイン科学科長を務めた。1988年、アスペンデザイン会議へHallmark Fellowとして招かれ、最終日最後のプログラムとして大テント会場で講演し、満員の聴衆の喝采を浴びた。

1994年、25年間にわたるデザイナーの活動を中止し、ロサンゼルスへ本拠を移して彫刻家へ転身。大理石を彫り、やがて木と土(テラコッタ)に出会い、2004年6月に帰国。近年は日本各地の公共空間に多くの彫刻やレリーフを制作。太郎吉蔵デザイン会議(2007年~2020年)を企画し、従来とは異なる視線でデザイン活動も行う。

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