私が祖母の葬儀に参列しなかった理由と、葬儀で号泣した従姉妹との決定的な違い (2/2ページ)

心に残る家族葬

祖母の死を受け入れるために。

■心の準備ができていない人のために直葬から家族葬に変更

人の死は突然やってくるものだ。その葬儀も突然やってくる。前もって準備するのは困難だ。だからこそ心の準備くらい前もってできるほうがよい。
この祖母の葬儀のとき、私を含めた我が家の面々や伯母は、ある程度心の準備ができていた。そのためか、心にゆとりがあったように思う。私は率先して葬儀の準備をしているであろう伯母を心配することができた。伯母はリウマチを患っている。だから私の予想に反し、伯母が葬儀に関して何も困らなかったし大変でもなかったと聞き安心した。伯母は、葬儀のプランが直葬になりそうだったところを家族葬を選び、従姉妹たちのために祖母との別れの時間をもうけることができた。
家族葬だったなら私も葬儀に参列した方が良かったかとも思ったが、やはりそうではないとすぐに思い直した。私と祖母の別れは既に済んでいたのだから。前述したように、従姉妹たちは私たちのように時間をかけて介護という形で祖母との別れを済ませていなかった。当然、祖母が亡くなることに際して心の準備をすることなどできていなかった。だからせめて、最後の最後に別れの時間はとるべきだと、伯母は思ったのだろう。葬儀での従姉妹たちの様子を聞いた限り、伯母のその判断は正解だったと思う。
葬儀を行うなら、故人や参列者のこと、そして親族のことを同じくらいの重要度で考えたい。家族葬にして本当によかったと今も思う。

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