歴史のif...小牧市が「日本の首都」になったかもしれない? (2/2ページ)
小牧山から3kmしか離れていない、岩崎山は花崗岩が隆起してできた山で、徳川家康が名古屋城を築城した際に、石垣の石を切り出した場所とされています。石垣に適した花崗岩を信長はすでに使用していたことにもなります。
小牧城に込めた野望と理想さらに2月12日の小牧市の発表によれば、高さ2mの3段目の石垣も発掘されました。
これによりかなり大きな範囲で、石を使った工事をおこなっていたこともわかり、小牧山城は安土城のように山全体が何段もの石垣に囲まれている可能性も出てきたそうです。
小牧市の調査では信長は何もなかった城の南側に、初めて計画的な街づくりを行った可能性も判明してきており、信長が小牧への首都移転計画ともいうべき壮大な計画を考えていたのではないかという新たな評価が生まれつつあるとのことでした。(ライター:神谷祐美)