孫正義による16分間のスピーチが熱すぎる「高い志の若者に貢献したい」
孫正義さん(57)が学生におくった16分間のスピーチ。
10代でのアメリカ留学が人生の大きな起点となったことを丁寧に語った内容に、学生ならずとも胸を打たれます。
スピーチは、文部科学省が進める官民協働留学支援プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の壮行会で行われました。まさにこれから旅立つ学生に向けて。
スピーチは、こんな問いかけから始まりました。
「戸籍の場所の、由来、意味を知っていますか?」
孫さんがあるとき役所で取り寄せた戸籍には、「無番地」の文字。佐賀県鳥栖市五軒道路無番地。番地なし、とは・・・。
鳥栖市の駅の脇、その辺りは本来住所として存在しないところ。漁船の船底に潜りこみ海を渡ってきた祖父母たちがたどりついた地。
役所はいつしか仕方なく、その地を「無番地」として登録したのです。
孫さんが中学生になったころ、父親が倒れます。
これまで焼酎をつくったり、豚を育てたり、生活を築いてきた一家の大黒柱が倒れるという危機がおとずれ、高校1年生だった兄は学校をやめて働き始めます。
そのとき、孫さんは家族にアメリカに留学することを告げるのです。
兄に対し、自分の決意を語りました。
「うちの家族の近い将来を支えるのは兄貴に頼りたい。
その先の遠い将来の家族、遠い将来のもっと多くの苦しんでいる人たちを支えるために俺はアメリカに行く」
孫さんの決意はただ自分の幸せ、家族の幸せにはとどまっていなかったのです。
彼が思っていたこととは?
「今でも自分が何人かよくわかりません」。どうして同じクラスの中で、どうして自分だけ・・・。孫さんは1990年に帰化していますが、生まれてから国籍の問題に悩みに悩み抜いたそうです。
日本に数十万いる在日韓国人。孫さんは若い在日の彼ら彼女らに、こう伝えたいと思いました。
「本当は国籍なんてただの紙切れ。みんなひとりの人間として尊く、夢を実現できる可能性を持っているんだと絶対に証明してみせる。自分の人生をかけて。
だからあえて、孫という名前を名乗ってそのうえで同じレベルの仕事をしてみせる」
心に誓い、アメリカへ発ちました。
毎日勉強の鬼になった留学中、学問以上に学んだものがあったといいます。
「いろんな肌の人たちが、夢にあふれ希望にあふれアメリカンドリームをつかもうと一生懸命に仕事している。そして世界で最も進んだ文明や社会システムを持っている」
そのことに感動し、日本に帰ったら必ず世界に誇れるような企業を日本に作りたい、世界中の人々に貢献する仕事で幸せにしたいと思いました。
孫さんはこう振り返ります。
「あのとき、もし16歳のぼくがアメリカ留学を体験しなかったら今の人生は全然違ったものになってしまう」
孫さんが望むことは、多くの人々に貢献できること。
「この素晴らしい美しい愛しき日本に、これから大人になって高い志で後に続く若者に、そしてお年寄りに貢献できたら。少しでも間接的にでも皆さんを応援したい」
留学を宣言したあの日からずっと、おそらくより強く、次の世代を未来へ後押ししています。