世間を騒がせた重大事件がきっかけ!? 不祥事発覚の裏にあった「隠蔽体質」 (2/2ページ)
また、99年の桶川ストーカー事件では、埼玉県警上尾署が受け取っていた告訴状を、被害者に取り下げるよう要請したり、それを拒否されたら、勝手に「被害届」に改ざんしたりするなどの隠蔽工作が発覚した。
「告訴も被害届も"捜査当局に被害を申告する"という意味では同じです。ただ、告訴のほうがその後の内部手続きが煩雑なため、警察はなかなか告訴を受けたがりません」(前出・岡野氏)
こういった不祥事の発覚により、ようやく警察も改革をせざるを得なくなったわけだが、その弊害もあるという。
「個人の責任というのが、拡大解釈されている傾向があります。なんでもかんでも、上が責任を取らないんです」(前出・寺澤氏)
「警視庁始まって以来の汚点」
その典型的な比較例を挙げよう。どちらも重大なスキャンダル事件だ。
まず、78年に世田谷区で起きた制服警官女子大生殺人事件。勤務中の制服警官がレイプ目的で女子大生の自宅に侵入して、抵抗されたために絞殺したのだ。あまりに凶悪な事件であったこともあり、「警視庁始まって以来の汚点」として、当時の警視総監が引責辞任するほどの事態に発展した。
しかし、2007年に起きた立川署の巡査長が勤務中に女性を拳銃で射殺し、さらに、その拳銃で自殺を図った事件では、
「現職の警官が、支給された拳銃で殺人を犯したんですよ。しかも、いわゆるストーカーです。これ以上の事件はなかなか起きないですよ。それなのに警視総監は辞めていない」(前同)