【歴史】あの戦国武将はトイレで死んでいた! 突然の高血圧性脳出血で早逝 (2/2ページ)

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なにより高血圧が怖いのは、患者に警告を促すような症状に乏しく、気がついた時には血管を蝕んでいるところです。このため『サイレントキラー(静かな殺し屋)』と呼ばれており、謙信は40歳のときに軽い脳出血を起こし左足に後遺症が残っていたそうですが、その原因が高血圧と見抜き、対策するまでには至らなかったでしょう。

つまり謙信自身も自らが急死するとは思っていなかったハズで、結果、跡目相続に大きな問題を残してしまったのだと思われます。死期を悟って遺言を残そうにも、サイレントキラーな病気が相手では中々うまくいかないのです。

・この世の栄華も一杯の酒のようなものだ
実子が居ない謙信には養子が数人おりました。その中から謙信の姉の子・上杉景勝と、北条氏康からの養子・上杉景虎の間で、壮絶な跡目争いが勃発(御館の乱)。この内戦により上杉家はかなりのダメージをうけてしまいます。

かくして今では批判の対象となることもある謙信の遺言問題も、事前に死期を悟ることの難しい病気であれば、ある程度は致し方なかったのでは?

逆に、ご自身の死期が見えたのでしたら、キッチリと後継者を指名していたのではないでしょうか。稀代の大名・謙信が後継者問題は疎かにしていたとは考えにくいです(自身の子どもがいないため養子を迎え入れたのは、その対策を考えていた証左でもあるのでは…?)。

さて、最後に謙信が死の一月前に詠んだ詩をご紹介したいと思います。四十九年 一睡夢 一期栄華 一盃酒(49年の我が人生も一睡の夢のようなもので、この世の栄華も一杯の酒のようなものだ)。酒を愛し、(酒と肴が一因の)高血圧性脳出血で早逝した謙信らしい辞世の句ですね。

執筆: 武将ジャパン

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