低料金で供養してくれるお寺が少ないことから生まれた葬送サービス「送骨」 (2/2ページ)

心に残る家族葬



■供養をすることが大切

料金を安くしても、「身体的な理由で遺族が直接遺骨をお寺まで運べず送骨する」、「故人に身寄りがないので送骨される」などの案件は減らないと思われるが、どのような理由で送骨されても送られる先はお寺である。ここは思い切って「単に遺骨の移動手段を宅配にするだけ」と考えればよいのではないだろうか。故人の遺骨が然るべき扱いを受けるための送骨である。

ちなみに「供養をすることが大切であり、その形にはあまりこだわる必要がないと思う」という意見もあるようだ。確かに供養の形を考えてみても、先述したような事件を知ってしまうと、遺族の手で公衆トイレや自宅に遺棄されるなら宅配業者の手でお寺へ届けられるほうが良いのではないだろうかと考えてしまう。先述の事件は2件とも、恐らくはきちんとした形で供養をしないといけないと考えていた、つまり供養の形に固執したために起こってしまったのではないか。きちんと供養をしたかったができなかった末の遺棄なのではないだろうか。

■形式に拘らず、どう捉えるかが重要

赤ちゃんポストが設置されている病院があるが、これは乳幼児が親から捨てられてしまうことを防ぐのに一役買っていると思われる。乳幼児にとり良くない場所に置いていかれるよりは病院の赤ちゃんポストに置いていかれるほうがましである。
それとは多少違うとは思うが、遺骨の遺棄を防ぐための送骨があってもよいと考える。供養に困っている遺族のために、送骨というものをもっと宣伝したほうがよいのではないだろうか。良い方法があっても知らなければ実行できない。「一般的な形で供養できないが、他にどうしたら良いか分からず遺骨を遺棄」ではなく「一般的な形で供養できないので送骨して供養してもらった」という方が、故人にも遺族にも救いがあると思う。

近年、これまではきちんとした形でできて当たり前であったことが、様々な原因で不可能になることが増えているように感じる。その一方で、ラフな形になっても解決のための様々な手段が考案されている。そういう意味では、解決の方法が常に示されている社会になりつつあるといえるのではないだろうか。

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