【続編】『1992年の東京の日常風景』映像の撮影秘話をインタビュー!
以前Amp.でご紹介した『1992年の東京の日常風景』の映像。 「懐かしい!」 「最近のことかと思ったら、もう23年前なのか…」 「当時はVHS全盛期だったよね」 と、多くの反響をいただきました!! そんななか、当時この映像に携わった方に貴重なお話を直接聞くことができました。 当時の撮影秘話もありますよ!
Q1.この映像の制作は、どこがどのような目的で撮影されたんですか?
「制作当時、ソニー株式会社の中に“HDソフトセンター”と言う部署がありました。
ここは後年のハイビジョン放送をふまえ、ハイビジョンの普及を目的にしたソフトウェアを制作する部署でした。
『Good Night Tokyo(紹介している映像タイトル)』は、ソニーの“HDソフトセンター”からの依頼で、株式会社ディーダッシュ(後年のディードライヴ)が制作しました」
「この映像は“ハイビジョン”という高解像度の新しい映像フォーマットがあると言う事を、広く普及するためのソフトウェアでした。
また“HDソフトセンター”は映像素材ライブラリとしての機能を持っていましたので、収録素材単位での販売も目的のひとつつだったのではないでしょうか。」
Q2.この映像に携わったスタッフはどんな人たちですか?
「監督はディーダッシュの代表・竹石渉さんです。当時27〜28歳の若手監督でしたが、その後、浜崎あゆみ、ELT、L'Arc-en-Ciel、宇多田ヒカル、モーニング娘等のPV制作で名を馳せる事になります。今でもAKB48やメジャーCMの監督としても活躍しています。カメラマンは当時竹石さんの作品のほとんどを撮影していた嘉本哲也さんでした。」
Q3.当時、この映像はどういったところで披露されたのですか?
「ソニーの本社ビルにあったHDシアターでの上映、及び映画祭へ出展しました。
日本産業映画祭で外務大臣書を受賞したとの報告をいただきました。
国内で外務大臣賞を受賞したため、その後、海外の映画祭にも出展されたそうです。
映画祭には同行できなかったのですが、海外在住の日本人の方に見てもらったところ「非常に懐かしい」と涙を流し、喜んでいたそうです。」
Q4.海外の方の反応はどうでしたか?
「もともと、ソニーから依頼があった際、監督が「文字情報やナレーション等の説明の一切を排除した映像にする事で、世界中の誰が見てもわかるようにしよう」というプレゼンを行いました。その案が通り、このような作品になりました。
海外の方の意見は直接聞くことができませんでしたが、前述の海外在住の日本人の方は「余計な言葉・文字・説明が無いことが功を奏しているのではないか」とおしゃっていたそうです」
Q5.当時の撮影機材はどんなものでしたか?
「カメラは全てSONY製です。中継車も、全てSONYの物でまかなわれていました。
また、CCDのHDカメラも台数がまだ少なく、場合によっては最初期型の撮像管カメラを使う事もありました。
今でこそiPhoneでも撮影出来てしまうフルHDですが、当時はテープもまだリールの状態で、カセット式ですらなく(ロースペックのユニハイを除く)、撮影には2t以上の中継車が必要で、どんな場所で撮影するにもケーブルでカメラと中継車をつなぐ必要がありました。ビルの屋上で撮影であれば、屋上からケーブルを垂らし、上野動物園であれば、園外から猿山までケーブルを引き回す必要がありました。
撮影現場は主に中継車にSONYの技術者の方が2〜3名、後は監督含め数名しかスタッフが居ないため、ケーブルの引き回しと収納が常に一苦労だったのを覚えています。
撮影シーンによって、ステディーカムと言う特殊機材も使いましたが、常にケーブルがついているためにバランスが取りづらく、とても難儀したのを覚えています。」
Q6.撮影時のエピソードを教えてください
「役者等を使うことなく、その場にいる“生”の人達を撮る事にしました。
月島の路地を駆けて来る男の子も、撮影をしていた時に普通に走ってきた子供です。
お母さんが学校に行く子供を玄関先で送るシーンも、その家の子が学校に行く時の風景を普通に撮らせてもらいました。
結果、東京を時間軸で並べてみた時に見えてきたのは、様々な大勢の人が“生きている”東京と言う事でした。
撮影時は「東京の1日(仮)」と言うタイトルで進行していましたが、結果として、今日1日東京で生きている人達に向けて
『Good Night Tokyo』というタイトルになりました。
また、東京湾花火大会の撮影を埠頭から行いましたが、当時まだレインボーブリッジが繋がっていない状態で、
伸びた橋の先に花火が上がるところを撮れたのはとてもよかったと思っています。」
Q7.ロケ地を教えてください
「記憶している限りで、SONY五反田屋上 SONY品川 シネオカメラ屋上 太田市場 駒沢マンション屋上 第三京浜 品川駅 御茶ノ水駅 上野駅屋上ビアガーデン 月島 浅草寺 吉祥寺 渋谷スクランブル交差点 都バス基地 品川埠頭 勝鬨橋 お台場 上野公園 上野動物園 幼稚園 町工場 泰明小学校 中学校 高等学校 つばさ公園 佃島 新宿副都心 首都高速 渋谷駅 東京タワー 仲店商店街 吉祥寺八百屋 スーパー 秋葉原 クリニック 寿司屋 東京証券取引所 人形町玉ひで レストラン・マンボウズ 月島そば屋 工事現場 昭和記念公園 椿山荘 府中競馬場 サンシャイン水族館 SONY MUSIC SONY厚木工場 西陣ショールーム ゴルフ練習場 歌舞伎座 新宿駅前 新宿三丁目 学習塾 空手道場 ジュリアナ東京などです。
20年以上前になるので、失念していたり、正式名称が違っている可能性もありますが、ご了承ください。」
Q8.同様に撮影した映像はありますか?
「風景写真の巨匠・故・前田真三先生が「四季の丘」を撮られています。春夏秋冬の美瑛・富良野の風景を前田先生が撮ると言う作品です。
現在HDソフトセンターと言う部署は存在しないと思いますが、ソニーのライブラリ自体はどこかに存在しているはずです。」
⇒編集部で調べたところ『ソニーPCL』のサイト内に映像ライブラリーがありました!
最後に、、、
今回インタビューにご協力いただいた方が最後に語っていた言葉が印象的でした。
「企画意図としては“東京の1日”でしたが、撮影している間にスタッフの中では“タイムカプセル”と言う概念が生まれてきました。
これからテレビ等様々な映像がこのハイビジョンに置き換わり、その時代が長く続くだろう。誰もがこのハイビジョンと
言う映像を見られるようになった時、きっと今撮っている映像は昔の東京になっているのに違いない。
であれば、10年後、20年後、30年後の人達に当時の東京はこんなんだったと、“タイムカプセル”として残してあげよう、と。
そんなちょっと大仰な気持ちを持って日々撮影していましたが、あれから20年以上経った今、本当にタイムカプセルの様に
ネット上に現れ、話題になっていた事を制作者としてとても嬉しく思っています。」
プロフェッショナルな方たちが、プライドを持って作成した映像。
そこには、確かに当時の息吹が吹き込まれています。
この映像によって、当時の記憶が鮮明に蘇った人も多いのではないでしょうか。
出典: YouTube
出典: YouTube
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監督の竹石渉氏は、宇多田ヒカル『Addicted To You』『wait & see ~リスク~』、安室奈美恵『CAN YOU CELEBRATE?』、モーニング娘。『ザ☆ピ~ス!』などを手掛けています。