我々は根っからの人種差別主義者なのか?差別と偏見、ステレオタイプに関する科学的な回答
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米カリフォルニア大学バークレー校の心理学者ロドルフォ・メンドーサ=デントン博士は、偏見やステレオタイプな見方について画期的な研究を行った人物だ。心理学の他にも、社会学や神経科学にも精通している。デントン博士に世界中で一向に収まる気配の見えない人種差別問題について質問したところ、こんな答えが帰ってきた。
・我々は根っからの人種差別主義者なのか?
研究からは、人類には”我々”と”よそ者”を区別する生まれ持った傾向が明らかとなっている。この生来の傾向は、生き残るために進化させたものだ。信頼し、資源を共有する味方と、身を守らねばならない敵を知る必要があったのだ。
人間には幼い頃から、社会的生物として、世話をしてくれる人物が注意を向けるサインに対して注意を向ける生まれつきの傾向がある。また、他人に対する非常に敏感なパターン検出器を有している。例えば、子供のとき、サンタクロースで怖い思いをしたことのある人は、大人になっても白いひげを生やした人物を苦手に思うかもしれない。
・偏見は世界を単純にする?
進化で獲得した行動傾向が今日でも適切であるのかどうか主張することは危険だ。だが、敵と味方についてあまり頭を捻らなくても済むという意味においては、偏見が世界を単純にしてくれると主張することはできる。世界のつじつまが合うように前提となる図式を与えてくれるのだ。だが、多文化社会においては、偏見はとても制限的で、しばしば非常に有害だ。単純な世界の見方を可能にしてくれるが、そのターゲットとなった人々には多大な犠牲を強いている。
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・偏見や人種差別が健康に与える影響は?
アフリカ系アメリカ人など、差別の対象となった人々における健康は、特にそれが恒常的なものである場合は、明らかに大きな影響を受けている。差別やその脅威は身体に大きなストレスを与える。これが炎症につながり、心疾患や糖尿病など、やがて様々な健康上の問題が発生する。
する側にも一定レベルの不快感を与えており、不安感を引き起こす場合もある。不寛容な心は、それ自体が怒りの発露である。怒りが健康に悪影響を及ぼすことは周知の通りだろう。
とはいえ、差別の対象になっている人々の健康被害の方がはるかに大きいことだけは、はっきり言っておこう。
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・脳は差別ではなく区別する
まず理解しなくていけないのは、”グループ内”と”グループ外”という概念は非常に柔軟であるということだ。人種、階級、宗教、性別、性的嗜好など、特定のアイデンティティに対して容易く当てはめられる。
これは重要な発見である。数年前、ある実験で、私たちに人種差別主義が生まれつき備わっていることが示唆された。この実験では、被験者は写真に写った黒人と白人の顔を区別するよう指示されたのだが、そのとき彼らの脳の扁桃体が発火していたのだ。扁桃体は脳の古い部分である辺縁系の一部である。つまり、偏見は非常に基本的かつ本能的な反応であるようなのだ。
だが、よいものであれ、悪いものであれ、ほぼ全ての社会関連の特徴に扁桃体が反応することも明らかとなっている。例えば、被験者がチームの一員と部外者を区別するよう指示されたときでも扁桃体は発火する。したがって、現在の科学的な理解によれば、社会的な世界で生きるために区別する傾向を備えているのであって、生まれつき人種差別的であるというわけではない。
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・偏見を解きほぐすには?
偏見を持つ相手に積極的に近づき親しんでいくことだ。グループ内でのやり取りを通じて、他人との一貫した経験を積むほどに、偏見から解放されていく。偏見の一部は、単純に他グループとの経験がないために起きる。その場合、ステレオタイプな見方が間違っていると知る機会はない。
ヒスパニック系やアフリカ系アメリカ人、あるいは同性愛者に関して、ありとあらゆるステレオタイプが存在する。しかし、こうした人々と実際に一緒に過ごすようになると、”グループ外”の人も”グループ内”の人と大して変わらないことに気がつく。
こうした経験は、実際に交わった個人だけにとどまらない。例えば、あなたの同性愛者に偏見を持った友人に、自分の同性愛者の同僚は非常に尊敬できる人物だと話したとしよう。するとその友人は自身の偏見に疑問を抱くようになる。これは拡張接触効果といい、非常に強力なものだ。
問題は、私たちの社会がこうしたグループ同士の交流が起きにくい構造になっていることだ。階級やステータスなどで分断され、別グループの人たちとの交流を避けることが実に容易なのだ。
・有名人や法律が人々の認識を変えることはできるか?
可能だろう。オバマ政権は、黒人初のアメリカ大統領として大勢の風景を変えた。女性がリーダーとなることでも、女性に対する人々の見方は変わるだろう。
人気のある著名人が差別に対して何らかの発言をすれば、それも人々の態度に影響する。
法律もやはり大きな影響力がある。例えば、同性婚を認める法律は、特定の違いに対する文化的な態度を表すサインとなるだろう。これが社会規範になり、社会における認識のあり方が変わる。
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・差別や偏見をなくすために個人ができることは?
自分とは違うタイプの人たちと付き合うなど、自分の交流範囲を広げることだ。これは簡単に聞こえるが、そうではない。構造的な障害が高くそびえ立っており、実に難しい。
ある子供の研究を例に挙げよう。そこでは最も人気のある子供は、最も多様な社会ネットワークの持ち主であることが分かった。彼らは誰とでも仲がよかった。しかし、歳をとるにつれてそうした社会ネットワークの多様性は失われた。なぜか? それは周囲からのプレッシャーが大きかったからだ。
だからこそ、友人たちと意図的に付き合おうとすることは非常に重要なのだ。残念ながら、その衝動が平等主義的であるのと同じ程度に、人間には人々を対象化し、それ以上踏み込まないようにする傾向がある。
人は本当に注意深く、かつ心から嘘偽りのないようあらねばならない。もし、あなたが友人を「メキシコ人の親友ミゲル」と捉えているのならば、それがすでに問題だ。なぜなら、あなたは彼をただの親友ではなく、メキシコ人の親友と思っているからだ。
一つの方法は、違いではなく、共通点を基にした接点を持つことだ。音楽がいい例だろう。スポーツももちろんだ。サッカーや野球、あるいはヨガといったものへの愛は、違うグループの人たちが団結する素晴らしい方法である。
こうしたアクティビティが見つかるほど、それなしでは出会わなかったはずの人々が交流するチャンスが生まれ、偏見が消えていくだろう。
via:berkeleywellness/原文翻訳:hiroching
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