天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 石橋湛山・うめ夫人
「夫唱婦随」を絵に描いたような夫人が、鮮やかな“引き際”で名を残した石橋湛山の妻・うめであった。 石橋は山梨県の日蓮宗僧侶の子として生まれ、幼名は省三だったが、僧籍に入って湛山と改名した。一時は宗教家や教育者を志し、早稲田大学文学科を首席で卒業したが、東京毎日新聞の記者となり、軍役後は東洋経済新報社に入社した。やがて同社の社長となるが、一貫して自由主義を主張、論陣を張り続け、そして、鳩山一郎退陣...
「夫唱婦随」を絵に描いたような夫人が、鮮やかな“引き際”で名を残した石橋湛山の妻・うめであった。 石橋は山梨県の日蓮宗僧侶の子として生まれ、幼名は省三だったが、僧籍に入って湛山と改名した。一時は宗教家や教育者を志し、早稲田大学文学科を首席で卒業したが、東京毎日新聞の記者となり、軍役後は東洋経済新報社に入社した。やがて同社の社長となるが、一貫して自由主義を主張、論陣を張り続け、そして、鳩山一郎退陣...