鎌倉幕府滅亡の大きな鍵を握った赤松円心は討幕の「第四の英雄」!

日刊大衆

写真はイメージです
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鎌倉幕府は、足利尊氏(当時は高氏)が元弘三年(1333)五月七日に六波羅探題を落としたあと、上野国で挙兵した新田義貞に二一日に鎌倉市中に攻め入られ、得宗家(執権を世襲する北条氏惣領家)当主である北条高時が一族や家臣もろとも自刃して滅んだ。  その発端は前号で触れた通り、得宗家の御内人だった長崎氏一族の専横を嫌った御家人たちが、「得宗専制」政治に不満を爆発させたため。  そして、尊氏と義貞の両雄...

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