皇女二人を生むが…藤原道長の野望で皇位継承の前途を絶たれた敦康親王の一人娘・嫄子女王の生涯【光る君へ】

Japaaan

皇女二人を生むが…藤原道長の野望で皇位継承の前途を絶たれた敦康親王の一人娘・嫄子女王の生涯【光る君へ】

一条天皇の第一皇子でありながら、藤原道長の野望により皇位継承の前途を絶たれてしまった敦康親王。 風流典雅に生きながら、失意のうちに薨去した敦康親王には一人娘がいました。 今回は敦康親王の一人娘・嫄子女王(げんし/もとこ)がどんな女性で、どんな生涯をたどったのかを紹介したいと思います。 後朱雀天皇に入内するが……。 後朱雀天皇(画像:Wikipedia) 嫄子女王は長和5年(1016年)7月19日、具平親王女(ともひら娘)と...

「皇女二人を生むが…藤原道長の野望で皇位継承の前途を絶たれた敦康親王の一人娘・嫄子女王の生涯【光る君へ】」のページです。デイリーニュースオンラインは、禖子内親王皇后比売神春日明神嫄子女王カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る