人は意識的に自分の行動をコントロールしてると錯覚しているが、全て無意識下で決定されてる?(米研究)

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人は意識的に自分の行動をコントロールしてると錯覚しているが、全て無意識下で決定されてる?(米研究)

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 意識的な思考が自分の行動をコントロールしていると考えている人は多い。だがどうやらそうではなさそうだ。

 米サンフランシスコ州立大学のエゼキエル・モーセラ博士によれば、意識とはすでに決定された物事を認識して、それを自分が行ったと主張するだけの受動的な機械に過ぎないのだそうだ。

 意識は私たちに「気付かせる」だけの、脳の仕組みのほんの一部でしかない。実際の機能のすべては無意識下で動いている。

受動意識仮説

 この「受動意識仮説」は、数十年に渡って集められた人の認識と臭いに対する運動反応の実験データに基づいて提唱された。この仮説によれば、ほぼあらゆる決定や思考は、無意識に機能している様々な部位で実行されている。そして、そこでなされた決定に基づいて肉体的な行動に移ろうとしたとき、あたかも有権者が選挙の投票会場に向かうかのごとく、無意識の意見が”基地本部”に送られる。

 この”基地本部”は無意識の会話に耳を傾けているが、そこに参加することはない。ただ、様々な意見が統合され、最終的な結論が出される会場を提供するだけだ。無意識下でどのような肉体的行為や反応をするのか決定されると、その拠点、すなわち意識がその仕事を実行し、まるで自分で問題を解決したかのように悦に入る。

無意識が全て支配する

 ある意味、無意識は、映画の有名脚本家のために働く才気溢れたゴーストライター集団のようなものだ。すべてが滞りなく進めば、出来上がった脚本が作家に届けられる。

 反対に、例えばゴーストライター同士の意見が一致しないなど、何か問題が生じると、その議論は有名脚本家の耳に入れられ、問題が意識されるようになる。だが、それでも脚本家は何をするわけでもなく、ただじっと座ってゴーストライターが問題を解決するのを見守る。そして、脚本が完成して脚本家の許に届けば、その功績を独り占めしてしまう。

 ここでいう脚本家とは意識のことである。
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