ジョン・レノンだけじゃない、日本人女性と結婚した海外のミュージシャンたち

| 日刊大衆
ジョン・レノンだけじゃない、日本人女性と結婚した海外のミュージシャンたち

 日本女性を見初めて結婚した海外セレブの中でも、特に多いのがミュージシャンだ。有名なところではオノ・ヨーコ(82)と結婚したジョン・レノン(40没)。その他にも意外なミュージシャンが、日本人女性と国際結婚をしている。

●ポール・ロジャース(66)&野添真智(不明)……イギリス人、「フリー」「バッドカンパニー」などのボーカル。野添真智には双子の姉、大映テレビプロデューサーの野添和子と、川口浩(51没)の妻で女優の野添ひとみ(58没)がいる。1974年にポールが夫婦で来日したとき、和子に世話になったため、そのお返しにと、彼女がプロデューサーを務めていた、刑事ドラマ『夜明けの刑事』(TBSテレビ系)の挿入歌「yoake no keiji」を無報酬で作詞・作曲し、自ら歌った。ちなみに、同番組のエンディング曲『でも、何かが違う』と『何処かで失したやさしさを』の作詞・作曲は、妻の真智(クレジットはマチ・ロジャース)だ。2人は長女と長男をもうけたが、離婚してしまった。

●レスリー・マッコーエン(60)&月岡啓子(不明)……イギリス人、1974年から1978年にかけて、一世を風靡したバンド「ベイ・シティ・ローラーズ」のリードボーカル。ロンドンのレストラン「ミモザクラブ」のイベントで月岡と出会い、求婚。1983年、ロンドンの教会で結婚を挙げたが、日本でも月岡が文金高島田、レスリーが丸坊主の羽織袴という姿で仏前結婚式を挙げた。1992年放送のクイズ番組『なるほど・ザ・ワールド』(フジテレビ系)にゲスト出演したとき(当時36歳)、月岡は通訳として一緒に出演。彼女は『レスリーのファンではなかった』と語り、8歳の息子、ジュウベイも登場した。さらにスタジオでレスリーはヒット曲『サタデーナイト』を歌い、息子はギターを弾いて見せた。

●マーティン・フリードマン(53)&奥田日和(44)……アメリカ人、ギタリスト。1990年にヘヴィメタルバンド「メガデス」に加入。音楽の方向性の違いなどにより1999年に脱退。1987年頃に初来日したときから、日本に興味を持ち、通信教育で日本語を勉強。2004年、仕事もなにも決まっていない状態で日本へ移住した。JーPOP、演歌、歌謡曲などジャンルを問わず日本の音楽を研究し、さまざまな歌手の楽曲に参加している。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
海外