本好きリビドー(107)

| 週刊実話

◎快楽の1冊
『大岩壁』 笹本稜平 文藝春秋 1600円(本体価格)

 小説を読む快感の中には、疑似体験がある。一個人があらゆるすべての体験をできるわけがなく、けれども、やっぱりできる限りいろんな体験をしたい、という欲求が生まれるのは極めて自然なことだ。
 本書『大岩壁』は山岳小説である。山登りの男のロマンを描いている。もともと本書の作者、笹本稜平は2001年に『時の渚』で第18回サントリーミステリーの大賞と読者賞を得てデビューした作家である。その後、'04年に第6回大藪春彦賞を受賞した。
 主人公はかつて、山登りで仲間を失った経験があり、その喪失感を引きずっていた。しかし40代後半を迎えて一念奮起し、外国の大きな山に登ろう、と決意する。
 山登りと言えば、高村薫が登山を趣味にしていることは有名で、その体験を作品に活かしている。樋口明雄は実際に都会から離れた地方に住んでいて、その日常をもとにして多くの作品を書いている。また別の例を言うならば、俳優の小野寺昭も登山が趣味である。
 本書『大岩壁』は笹本にとってお手のものの山岳小説で、まことにスリリングである。かつて一緒に山に登り、しかし、死んでしまった友人の親類との交流が、主人公の山に登る意志を後押しし、実際に海外の難所に挑むわけである。
 笹本稜平はしっかり山のことを知っている作家であろう。山登りに伴う危険、死に直面する恐怖を知っている。
 ミステリー小説、冒険小説を専門にしてきた作家が、山岳小説も書くようになるのは当然のことだと思うのだ。なぜか、山登りが、俺は死ぬかもしれない、という危機意識を伴うものであるからだ。
 動物は絶対、死ぬ。人間もそうだ。ところが人間は不思議なことに、死をエンターテインメントとして味わう。このあたりのサスペンスをぜひ味わってほしい。(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 時代が平成に移った頃から、「売春」という言葉はめっきり使われなくなった。変わって登場したのが「エンコー」だ。「援助交際」と言葉を変えれば「売春」の悪印象が多少は和らぐだけで、売春には違いない。JKや主婦までが、この売春の担い手となった。
 しかし、かつて日本には「娼婦」と呼ばれる、売春を専門の職業としていた女たちがいた。

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