3年に及ぶ不妊治療、2度の流産を乗り越え、42歳にして遂にパパに! しかし……喜びも束の間、妻が“産後ウツ”になってしまった!
自身の妊活奮闘記を綴った著書『俺たち妊活部』の著者・村橋ゴローがお送りする新連載『ツレが産後ウツになりまして』がスタートします!
人生最良の日“第一子誕生”の次に襲った夫婦の危機、それは義父母との共同生活から始まった。
■義父母との1ヶ月間の共同生活、始まる
わが子の出産に立ち会ったとき、3年に及ぶ不妊治療の苦労を思うとその達成感からか、なぜか頭のなかでエンドロールが流れた。
しかし当たり前だがエンドロールは不妊治療の終えんを意味するだけで、“子育て”という永い永い大河ドラマが始まったことに、僕はまだ気づいていなかった。
しかもそれは“山あり谷あり”ではなく、“谷あり谷あり”のドラマだったということも……。
まさか妻が、「産後ウツ」になるなんて。
産後1週間の入院、どさくさにまぎれて1泊3万円もする個室での養生を終えた妻が、赤ちゃんとわが家へ帰ってきた。
時を同じくして、田舎から義理の父と母が上京。妻は41歳での高齢初産、子育てに関する知識も体力もない。そのため、赤ちゃんのお世話を手伝ってもらうためだ。そう、彼らとの1ヶ月に及ぶ共同生活が始まったのだ。
僕はこの共同生活を甘く見ていた。何とかなるだろうと。
ウチに寝泊まりして24時間一緒にいるのはさすがに互いに息が詰まるだろうと、実は自宅近くのウイークリーマンションを借りることに。オトンとオカンは、そこに寝泊まりしてもらう。共同生活といっても、朝8時にふたりがウチのマンションにやって来て、夜8時に帰っていく間だけのこと。そうタカをくくっていた。
■義父母との関係が悪化、じんましん発症
共同生活が始まり、僕はいつものように10時過ぎに起きると、朝8時にはやって来たというオトンとオカンがいた。
妻は母乳の出し方をオカンから教わっていて、懸命に赤ちゃんに吸わせていた。オトンはその光景をまじまじと眺めるわけにもいかず、所在なさげにしている。