敵地で行われたサンディエゴ・パドレス戦。初回の一打席目、打球を詰まらせながらもキャッチャーへの内野安打を記録。そして9回の五打席目にはライナー性の当たりをライトに放ち、二塁打──いつものイチロー(マイアミ・マーリンズ・42)のシュアなバッティングであったが、この二打席は特別な意味を持つ。一打席目がタイ記録、五打席目で世界新記録を達成した瞬間だったからだ。
日本プロ野球(NPB)のオリックス時代に1,278安打、27歳でメジャーリーグ(MLB)に転じてから42歳の今日までで2,979安打。日米通算でピート・ローズ氏(75)が樹立したメジャー歴代1位の4,256安打を抜いて見せたから、日本中のメディアが大騒ぎ。テレビでは連日<その日>を待ち望んだ特集を組み、新聞は達成時に号外を出すフィーバーぶりだった。
「実はそんなに大きなことという感じはしていない」
と、当のイチローは冷静だったが、ファンから祝福を受けるとヘルメットを取って挨拶してみせた。
ところが一方で、米国メディアの反応は様々。吠えまくったのは、記録を破られた当の本人。75歳になったピート・ローズ氏(注1)は、現役時代さながらの熱さで怒りをぶつけてきた。
「日本のメディアは俺をヒット・キングからヒット・クイーン(注2)に貶めようとしている。イチローはいい選手だが、日本の記録と米国の記録を足そうというのは無理がある。(略)日本のプロ野球のレベルはメジャーのレベルに無い。タフィ・ローズ(元近鉄・47)がいい例さ。彼は日本でシーズン55本塁打を記録したがメジャーではサッパリ。それが現実だ」
■奥歯に挟まった「日米通算安打」
野球賭博でMLBを永久追放された男が何を言うか! という気分になるが、冷静に聞いてみれば一理はある。MLBとNPBのレベル差はもちろんだが、一体どこまでを合算できるのか、という問題が出てくる。
「そのうち(日本のメディアは)イチローの高校時代の記録も足してくるだろうよ」(ピート・ローズ氏)
とは言い過ぎにしても、
「韓国プロ野球や台湾プロ野球の記録も認めるのか?」
「プロリーグは無いがレベルの高いキューバ人選手の記録はどうするのか?」
例えばプロサッカーならば(注3)日本のJリーグでも独ブンデスリーガでもゴールはゴールとして、その選手の通算ゴール記録に加わる。全員がFIFA(国際サッカー連盟)傘下で試合をしているからだ。しかし野球にはNPBやMLBを統べる国際組織が無い。各リーグが隔絶された状態のままだ。
「さらに言えばイチローは日本で10年近いキャリアを積んでからメジャーに移籍したのに、メジャーの<新人王>を受賞してしまっている。つまり自他ともに<”NPB”と”MLB”は別もの>と認めた。日本のキャリアを無視する形で新人王を貰っておきながら、安打記録だけは日米合算というのは矛盾している」(スポーツジャーナリスト)
むろんイチローにも、下品な物言いはいただけないがピート・ローズ氏にも責任など無い。メジャー安打記録4,256は依然としてピート・ローズが保持。イチローは日本とメジャーを合わせたら、安打数4,256を超えた……それだけの話であり、ことさらに「ローズを超えた」「イチロー世界いち!」と騒ぐメディアの方がバカなのだ。
「ピート・ローズ氏のコメントは聞いてるし、この記録についてハッピーじゃないことも知っている。僕としては日米合わせた数字ということで、どうしたってケチがつくことは分かっているし、ここを目標に設定していなかった」(イチロー)
類まれな才能と真似のできない努力で、NPBでもMLBでも歴史に残る選手となったイチロー。無理やりな記録で飾らずとも、彼の偉大さは日米のファンが知っている。
(注1) ピート・ローズ…常に全力、かつ闘志あふれるプレーで世界的な人気を集めた。1960〜1970年代に輝かしい成績を残して監督となったが、1989年に野球賭博に関わったことでMLBから永久追放された。最近になって、やや復権を果たしている。ニックネームはチャーリー・ハッスル(ハッスル小僧)。
(注2) ヒットクイーン…<二番手>という意味らしい。
(注3) プロサッカー…野球ほど数字に拘らない面はある。
著者プロフィール
コンテンツプロデューサー
田中ねぃ
東京都出身。早大卒後、新潮社入社。『週刊新潮』『FOCUS』を経て、現在『コミック&プロデュース事業部』部長。本業以外にプロレス、アニメ、アイドル、特撮、TV、映画などサブカルチャーに造詣が深い。Daily News Onlineではニュースとカルチャーを絡めたコラムを連載中。愛称は田中‟ダスティ”ねぃ