中世の日本では、火葬が貴人の間で普及していき、権力争いに敗れて流刑に処された上皇も、流刑先で亡くなると火葬された。流刑に処され、その地で亡くなった上皇といえば、その中でも様々な意味で特に有名な人物として、平安末期の崇徳上皇がいる。彼の流刑先での死と火葬は、『源氏物語』で、零細貴族の娘の夕顔が特別に火葬されたくだりと並び、高校生だった筆者に「歴史と葬儀文化」への関心を持たせるきっかけとなっている。
■怨霊となった崇徳天皇
崇徳上皇は、弟後白河天皇との戦い「保元の乱」に敗北して讃岐(現在の香川県)に流刑され、その地で亡くなっている。この彼の死のくだりが、怨霊伝説として語られていることは、日本史や日本古典に関心のある方の間では有名である。
その伝説の中で語られる、亡き崇徳上皇が怨霊となるに至ったいきさつには、大変興味深い描写がある。簡潔にいうと、後白河天皇や彼に味方した人々を呪い、彼らや彼らの子孫に末長く祟ることを誓って亡くなった上皇は、流刑地の讃岐で火葬された。
その際、煙が高く立ち昇り、平安京に向かってたなびいた、という描写である。
■「火葬の煙」を怨念の象徴として使ったルーツは古代中国にあった?!
争いに敗れ、戦死・刑死や敵方の暗殺による死、追放先での死を遂げた要人が、死後怨霊となったという伝説は、中世の日本では、崇徳上皇を始め多く語られている。しかし、崇徳上皇の例のような、「遺体を焼いた際に煙が立ち昇り、敵方の本拠地に向かってたなびいた」というくだりが語られるケースは、筆者の知る限りでは、彼以外にはみられない。この「敵地に向かってたなびく火葬の煙」の描写は、火葬をめぐる信仰の多義性・重層性を示す貴重な描写であると思うが、この件に関する研究もほとんどない。
この、「遺体を焼く煙が敵方の本拠地に向かってたなびく」描写のルーツの一つであるかも知れないくだりが、中世には既に日本に伝わっていた、古代中国の伝説の中にある。但しここで立ち昇ったのは、「遺体を焼く煙」ではない。
それは、様々なバリエーションで語られた「蚩尤(しゆう)伝説」である。
■蚩尤伝説とは?
蚩尤とは、古代中国の伝説の巨人族の王である。
「火葬の煙」が与える様々な印象は中世から既に存在していた
2016.07.07 19:00
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