世界のベストセラーを作った「日本マンガ史」解体“深”書!(5)雑談を好む漫画家が多かった

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世界のベストセラーを作った「日本マンガ史」解体“深”書!(5)雑談を好む漫画家が多かった

 近代日本漫画の原点ははたしてどこにあり、いかなる発展を遂げて現在のようになったのか。歴史をたどると、出てきたのは意外な事実。天才漫画家たちの豪放秘話とともに、紙芝居や浮世絵、欧米漫画が入り乱れる「世界一になった必然」を明らかにする。

 中国では一貫して反日強硬姿勢を展開した江沢民時代以降、日本語を学ぶ者はほとんどいなかった。そして習近平体制下の今、東シナ海問題などで日中は激突を繰り返している。そんなご時世なのに、中国では今、日本語を学ぶ者が増えている。なぜか。

「日本の漫画やアニメを原語で見たいのです」

 20年以上にわたって日中間の文化交流事業に携わる中国人がこう話す。

「最近の中国の子供たちは優しくなりました。『ドラえもん』のおかげです」

「ドラえもん」を読んだ子供たちが人を思いやることを学ぶ。藤子・F・不二雄(藤本弘)が聞いたら、どんな顔をしただろうか。

 私は学年誌で「ドラえもん」を何度か担当し、藤本氏とは付き合いが長かった。学年誌の多くの編集者は打ち合わせの時、ドラえもんがポケットから出す小道具のアイディアを提案し、時にそれが採用されて大喜びしていた。でも私はいつも、雑談の花を咲かせていた。藤本氏は不思議な実話が好きだった。不思議な場所の話も得意で、地底世界の話など始めると際限がない。トルコのカッパドキアやイースター島の地下洞窟など、世界中を取材していたのだから、それも当然だろう。

「ゾウの鼻が長いでしょ。あれはね、ダーウィンの進化論じゃ説明できねえんだよね」

 独特の富山弁でこの話を3時間も滔々と語る。

 作品とは無関係な雑談を好む漫画家は多い。水木しげるはその最たる人物で、雑談が始まると2時間、3時間など少ないほう。午後いちばんで訪ね、帰社は夜というのが常だった。

 正直な話、漫画家は誰もが超変人、超奇人である。

 週刊誌の編集長がさる漫画家とバッタリ出くわし、初対面ながら互いに相手の顔を知っていたため名刺交換をして、その場で漫画論を戦わせた──というと微笑ましい物語だが、その場所がソープランドの待合室だったと明かせば、どう思うだろうか。

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