「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

| デイリーNKジャパン
「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

北朝鮮の故金正日総書記の長男、すなわち金正恩党委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が暗殺されたとの情報に、各方面が衝撃を受けている。そして、奇しくも今日からちょうど20年前の1997年2月15日、韓国・ソウル市郊外のアパートで、ひとりの男性が凶弾に倒れた。男性の名前は李韓永(イ・ハニョン)。1960年に平壌で生まれた李氏は、故金正日総書記の2番目の妻ソン・ヘリム氏の姉であるソン・ヘラン氏の息子である。

韓国当局は李氏が射殺された事件を、北朝鮮の南派工作員による最初の脱北者殺害と見ている。そして刺客を放ったのは、外ならぬ正日氏だった。

1997年にもあった。「氏暗殺事件」である。李氏は、北朝鮮にいたときの本名を李一男(リ・イルナム)といった。平壌では、正日氏夫妻や2人の息子・正男(ジョンナム)氏と生活をともにし、金王朝の深奥の秘密に通じていた。

同氏はモスクワ留学1期生に選抜され、1978年にモスクワ外国語大学文学部に入学する。フランス語研修のためにスイスのジュネーブに渡るが、1982年、現地の韓国公館を通じて韓国に亡命した。

その後、1987年12月にロシア語放送のプロデューサーとしてKBSに入社。ソウル五輪では通訳兼記者として活動した。

この頃、韓国人女性と結婚して家庭を築き、1990年にKBSを退社し事業家に転身。だが、苦労を知らずに育った上、韓国のビジネス事情に疎いこともあって、商売はまったく上手くいかなかった。

李氏は1996年、金正日氏とロイヤルファミリーの私生活を赤裸々に綴った手記『大同江ロイヤルファミリー・ソウル潜行14年』を出版。それ以降も各種メディアを通じ、「喜び組」や「秘密パーティー」など、体制の恥部とも言える秘話を暴露していく。

正恩氏の私生活も

これに、正日氏は激怒したという。

李氏は1997年2月15日、京畿道城南市盆唐区ソヒョン洞のアパート14階のエレベータ前で、2人組の男に銃撃された。ただちに病院へ搬送されたが、10日後に死亡する。

本人は襲撃を受けた直後、意識を失うまで『スパイ』にやられたと話していたという。現場には北朝鮮の工作員が用いる拳銃の薬きょうが残されていた。

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