「黙々の栄作」と言われ、余計なことは一切しゃべらずで徹底した慎重姿勢が持ち味だった佐藤栄作に対し、寛子夫人は陽気な性格、社交上手のいわゆる“キャピキャピ・ガール”であった。結婚生活50年の長きで、性格の違う凸凹夫婦のほうがむしろ“息が長い”ことを証明した。一方で、夫に対し世の風がどちらのほうに吹いているかなど、その直感力、政治感覚の鋭さは、寛子夫人の周囲の多くが認め、「栄作のそれを遥かに上回った」との声もある。
栄作の実兄・岸信介首相が日米新安保条約の調印へ向けて決意を固めた際には、やがての騒然となる世相、すでに政権の危機を予測していたなどの証言が多々ある。また、佐藤政権末期の「ポスト佐藤」を目指した田中角栄と福田赳夫の「角福総裁選」でも、その「政治勘」の鋭さは存分に発揮されている。当時の総裁選を取材していた政治部記者が、こんなエピソードを残している。
「当時、佐藤自身は福田が年齢も上で、元々が人事などでは“順序”に重きを置く人物だったので、福田が先、その次に田中に政権を、という考えだった。また、もとより周囲には一切漏らさなかったが、総裁選では福田が勝つと読んでいたようだった。
一方、時の佐藤派の中で“角福”どちらを支持するか、ギリギリまで態度表明をしなかった人物が橋本龍太郎など5人ほどいた。なかに、小宮山重四郎という中堅がいた。この小宮山のところへ、佐藤の要請で寛子夫人が福田支持へのお願いに出掛けた。小宮山はさすがに迷ったが、明言を避けた。結局、総裁選では小宮山は田中を支持したのだが、のちに寛子夫人は『小宮山さんは田中さんを支持する。夫は総裁選で福田さんが勝つとみていたようですが、佐藤派内の空気から田中さんが勝つと思っていた』と、ハッキリ言っていました」
これはのちのことだが、昭和47年(1972年)7月、佐藤は7年8カ月の政権退陣にあたってメディアとの最後の記者会見をした。佐藤の新聞記者嫌いは有名で、記者たちは世田谷区代沢の佐藤邸をもじって「代沢にネタなし」と突き放す記者も少なくなかった。佐藤と記者の間には、それまでの会見でも佐藤は“黙々ぶり”を発揮、明確な答えを避けるなどでギクシャクが絶えなかったのである。この会見の場で、佐藤はこう言った。
「新聞記者諸君は出ていってもらって結構。テレビはどこだ。
天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 佐藤栄作・寛子夫人(中)
2017.08.28 17:00
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