本好きリビドー(173)

| 週刊実話

◎快楽の1冊
『明日なき身』 岡田睦 講談社文芸文庫 1500円(本体価格)

 正直に告白すると、筆者はうかつにも本書の著者を初版の単行本の段階で恩田陸氏と間違えていた。あの叙情溢れるミステリの名手が今度は題名からしてハードボイルドか? てな具合(それにしても名前の字面が似ていないか。岡田睦と恩田陸。同様に紛らわしいのが時代小説畑でも「隆慶一郎」と「峰隆一郎」のケースあり)。ところが型式こそ私小説のこの作品集、ハードボイルドどころでない内容の苛烈さに読後暫し暗然とするだろう。
 作家本人と覚しき主人公は3度目の離婚の果てに妻に追い出され、生活保護を受けつつ居所を転々と移る破目に陥る。静かな地獄巡りとも云うべき苦境を綴る文体が、とにかく淡々と冷静なのが怖くも面白い。“自己を突き放す”とかいった、どこか体裁のいい表現とも違う、極度に無表情な筆遣いなのだ。
 まるでアキ・カウリスマキ監督の映画に出てくる人物のごとく、歩一歩とどん底に向かってあたかも順調に進んでゆく様を、ただ見せられるしかない。…今回の文庫化に際し、7年前に文芸誌に発表した現時点での最新作、短篇『灯』が加えられたが、何と著者の消息はその後、不明だとか。
 かつて三代目桂春團治門下で春輔を名乗りながら、奇天烈すぎる芸風と人格が災いして破門後は「祝々亭舶伝」の名で一部の演芸マニアに迎えられた落語家がいた。もはや壮絶の域に達した貧乏話が売りで、筆者も学生時分俄かに追っかけたが、臨終時刻の分からぬ亡くなり方をしている、と、理由なき連想を。
 やれ“下流”“独居老人”の悲惨な“孤独死”といったマスコミに踊る言葉が、結局はどこか他人事のように感じていられる只今だが、改めてタイトルの「明日なき身」が「明日はわが身」に思えてきた。辛い。
(居島一平/芸人)

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