前回は幕末の尾張藩主・徳川慶勝が、当時最新技術だったカメラにハマり、元祖カメラ小僧となったいきさつをご紹介しました。
西郷どんとともに英断を下した徳川慶勝は元祖カメラ小僧だった[前編]今回も引き続き徳川慶勝の半生をご覧下さい。
第1次長州征伐でもやっぱりカメラ自らの居住地、名古屋城を撮影しまくるマイペースな慶勝でしたが、幕末という時勢から逃れる事はできず、元治元年(1860)の第1次長州征伐ではトップの役職である「征長総督」として指揮をとる事になります。長州藩は尊王攘夷が加熱しすぎて暴走し朝敵になったため、この際藩ごと潰そうと幕府や他藩の総力を挙げて長州藩を攻め滅ぼそうとしたのです。この時慶勝の右腕となって活躍した参謀が今年の大河ドラマの主人公、西郷隆盛でした。
西郷は当初、長州藩を攻め滅ぼすつもりでしたが、同時期に幕臣・勝海舟と対面し、「長州藩のようなエネルギーのある藩が日本の未来を変えるかもしれない」といった話を聞いて考えが一転。総督の慶勝に長州藩への寛大処置を提案します。