夢枕獏氏の原作「沙門(しゃもん)空海 唐の国にて鬼と宴す」(徳間文庫・角川文庫)が、日中合作の超大作映画として完成。2月24日(土)からの公開を記念して、歴史研究家・河合敦氏と歴ドル・美甘子による「空海」を巡るスペシャル対談をお届けする。
河合 つい先日(2月1日)ご結婚を発表されましたね。おめでとうございます。
美甘子 ありがとうございます。
河合 今日はお遍路(へんろ)の装束ですけど、新婚旅行でお四国参りですか。
美甘子 そうじゃないんですが、私も空海さんと同じ四国出身なので、お遍路はいずれは行きたいなと思っていたので、通販で購入しました。とはいっても、空海のことはあまり知らなくて、河合先生に教えてもらおうと。
河合 私は数年前にテレビ朝日の「ぶっちゃけ寺」という番組の取材で高野山に行ったのがご縁ですね。空海はもう本当に大天才で、うどん県で有名な讃岐(香川県)の佐伯さんという郡司(ぐんじ)の家の生まれです。
美甘子 郡司というのは?
河合 今でいえば市長とか村長のような地方の役人ですね。
美甘子 地方の優秀な家柄の息子さんだったんですね。
河合 お父さんやお母さんも空海のことを貴物(とうともの)と呼んで大事に育てたようです。小さい時から仏像を作ったり、神童と言われるほどの利発な少年だった。将来、仏の道で生きることができるなら命を救ってくださいと、山で身を投げたら天女が現れて空海の身を受け止めたという伝説がありますね。
美甘子 すごい! 天が助けてくれたんですね。
河合 当時、郡司の子供というのは国学という地方の学校で文や詩を学ぶんですが、空海は18歳のとき、当時の都である長岡京に出て大学に入ります。