陰陽師 安倍晴明と縁者?映画「空海-KU-KAI-」に登場する阿倍仲麻呂ってどんな人?[後編]

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陰陽師 安倍晴明と縁者?映画「空海-KU-KAI-」に登場する阿倍仲麻呂ってどんな人?[後編]

前回の前編では阿倍仲麻呂の生い立ちと、彼の唐における活躍について紹介しました。

波乱万丈の生涯!映画「空海-KU-KAI-」に登場する阿倍仲麻呂ってどんな人?[前編]

後編では、仲麻呂の栄光と悲劇について紹介します。

日本へ帰りたい!幾度も帰国にチャレンジしたが…

752年、唐で貴族の位を賜る栄誉と富貴を受けていた仲麻呂のもとに、12度目の遣唐使船が来たとの連絡が入りました。35年もの間日本を離れていた仲麻呂は、翌年に帰国を決意します。この時に詠んだ和歌が百人一首で有名なこの歌です。

「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」

友人らに送られた仲麻呂が乗った船は暴風雨で難破してしまい、親友が死んだと聞いた李白は悲しんで追悼の詩を贈りました。しかし、仲麻呂は九死に一生を得てベトナムに流れ着き、755年に唐の首都・長安に変えることに成功したのです。

この年に唐で内乱が起こり、仲麻呂を心配した迎えが日本からやって来ます。すると、唐の朝廷は危険だとして帰国を許可しませんでした。こうして帰国を断念した仲麻呂はベトナムの総督になるなど、外国人官吏でありながら異例の出世を果たします。

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