戦争モノ大作の嚆矢にして、今なお映画界に影響を与え続けているのが、岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」(67年、東宝)である。当時、若手ながら重要な役を与えられた黒沢年雄(74)が、緊迫の現場を振り返る。
── 撮影当時、まだデビュー3年目の23歳。三船敏郎、志村喬、加山雄三、笠智衆ら豪華俳優に囲まれました。
黒沢 東宝の専属俳優だけでは足りず、新劇・新派含め、日本の演劇陣を集めたオールスターキャストだったね。僕はまだ小僧だったけど、それでも、陛下の玉音放送を録音したレコードを「戦争終結反対」と叫びながら盗もうとするんだから、あれは“主役”だったね。
── 日本がポツダム宣言を受諾して、昭和20年8月15日正午の玉音放送に至るまでの「いちばん長い1日」を描いていますが。
黒沢 降伏反対を主張する畑中少佐が僕の役。8月14日から15日にかけて陸軍将校たちが起こしたクーデター未遂事件(宮城事件)も忠実に再現している。あの少佐はクーデターに失敗して自決するわけだから、僕も死ぬ気でやりましたよ。
── ギラギラした表情が画面に焼きつき、異様な迫力を生んでいます。
黒沢 ただ、東宝の藤本真澄プロデューサーには「お前は120%出しすぎだ」と怒られた。演技は70%、80%に抑えて、あとの20%、30%は観客に想像させるんだ、と。あの映画で言ったら、井田中佐役の高橋悦史さんはそのくらいに抑えてて、出世作になった。
── それでも、畑中の異様な形相は、120%の力が入って当然だと思います。
黒沢 演技の「え」の字もないよね。僕は畑中と同じく相手を殺そうと思ってやってただけ。役作りも何もない。僕は芸能界に入るまではケンカばかりしているヤンチャ者だったから、それをそのまま出した感じ。皇居の周りを馬に乗って走りながらビラをまくシーンがあるけど、あれも吹き替えなし。馬が道で滑りそうになってたけど、それでも怖さは感じなかった。